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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.98 『第27章  "青いうわっぱり" の女』

  〜アンは、ロイヤル・ガードナーに恋をしていると思い込んでいました。
   というより、"思い込もう" としていたのです。

   でも、どうかしら? ロイにはユーモアがわからないのよ。
   ギルバートとは笑いあえた事が、ロイにはさっぱり理解できないのです。

   ユーモアのわからない人と人生を共にするのは…
   さて、どうしたものでしょうか。




21歳の夏休み。



診療所があったという建物は、 港に近い、郵便局の隣にあった。


コンクリートの箱のような造りで、玄関の引き戸は埃をかぶって、
今は住む人もないことを物語っている。

隣の郵便局も、入り口の壁に "赤い〒マーク" がついているだけのことで、
民家と変わりはない。

ふと、葉書でも買ってみようと思い、中に入った。

カウンターの向こうには、局長らしき男と半袖の "青いうわっぱり" を着た
中年の女が一人いるきりだった。

隣に診療所があった、って聞いたことがあるんですけど…
 ご存知ですか?


愛想笑いもしない女の顔に、明らかな警戒の色が読んで取れた。

 「さぁ… 知らんねぇ…

10年ほど前までは、ご夫婦で診療所をしておられたと… 」

女は、島のもんじゃないから知らない、ということだった。



郵便局の向かい側には、 "おしゃれの店" の看板のかかった洋品店がある。

そっと戸を開けて 「こんにちは」 と声を掛けるが、コトリとも言わない。

奥の住居と思われる方へ向かって大声を出すが、依然答えがない。


 「おばちゃんは、昼にならんと帰らんよ

振り向くと、先ほどの "青いうわっぱり" が立っている。

洋品店の主人は、漁の水揚げの手伝いに出ているそうだ。

私はこそこそと店を出て、更に歩きだした。

時折振り返ると、まだ "青いうわっぱり" がこちらを見ている。



両側に民家が軒を並べるなだらかな坂を登ると、 "食堂" と書かれたのれん。

商品見本を入れるべきガラスケースに、なぜか色あせた黄色い熊の縫いぐるみが
押込まれている。

滑りの悪い引き戸を開けて、中に入る。

 「いらっしゃい

皺だらけのじいさんが、タバコをふかしながら店番をしていた。

あの… 10年ほど前、診療所があったと聞いてるんですけど、
なにかご存知では…?


じいさんは、覚えていた。 ふと懐かしそうな表情を見せたからだ。


 「おとうさん、何しとるん?

奥から声がして、私はたまげた。 "青いうわっぱり" の女だった。

 「おとうさん、早う仕込みしてしまわんと

なんで私の先回りができるのだろう?

というより、なぜ私をつけてきたのだろうか。

 「島には月に一回、医者が巡回してくるだけ。 若いもんは出て行って…
 年寄りばかりじゃ金儲けなんかできんでね。

 よそから来てこの島には住めるもんかね


そんなつもりでは… またしても私は訳のわからないまま、店を追い出された。



診療所の夫婦を懐かしむ、島の人々の暖かい反応を期待していたのに、
いったいこれはどういう事なんだろう。


あの "キヨコ" が、島暮らしが辛くて逃げ出したとも思えないし、
少なくとも私は、医師の夫が高齢になって退いた、と聞いていた。



私は、坂を登り切った見晴らしの良い場所に立った。

港は海に向かって大きく開かれているのに、人の心の近寄りがたさに、
ふっとため息が漏れた。

 「娘の事は気にせんとって下さい

背後から声がした。 食堂のおじいちゃんだ。

 「あれは、よそもんを嫌いよります


おじいちゃんの話によると、 島から出ていく者が増える事を懸念し、
住む人のいない家を貸して田舎暮らしをしたい本土の連中を呼び込もう、
という村役場の企画があったそうだ。

ツアーを組んで視察に訪れる人々を、島を挙げて歓迎したが、
結局はそれっきりで終わってしまった。

住み着いた者はたった一家族。 子沢山の、韓国系の母子家族だったそうだ。

 「診療所の先生と奥さんは、ええ方でしたなぁ。
 ワシらは、ずっと住みついてくれるもんと思うとったがね。

 娘もそのつもりでお二人とは仲良うしとったもんで、帰られると判った時は
 がっかりして、見送りにも出んかったですよ




海から吹く風に聞いてみる。 この島で余生を過ごせるかしら… と。

私には、薄汚れた港町にしか見えない。

この風景から、何かのインスピレーションを感じることもない。


だが反対に、 知らない場所なのに、何故かそこを好きになることがある。

前に来たことがあるような、懐かしい気持ちになる…

誰でも一度は、そんな経験をしたことがあるのではないだろうか。

残念ながら私にとって、この島は "ナシ" だったのだ。



キヨコはただ、生まれ育った所に帰りたかったのだ。

それは誰にも止められないし、責められることでもない。

"青いうわっぱり" の落胆した気持ちもわかるが、それは理不尽な逆恨み。


話をすれば、わかるのに…

寂しいけれど、 お互いの幸せを祈って、手を振り、別れていけるのに。


私はただ、それを残念に思った。
posted by 片岡 よしこ at 13:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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