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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.94 『第23章 ベビーシッターの定め』



  〜いつもの夏休みなら、 どこに行くにも、何をするときも、
   側にはギルバートがいました。

   でもこの夏、アンはひとりでした。
   ギルバートは、アンに手紙すらよこして来なかったのです。

   しかしアンは、この淋しさを気付こうとさえしませんでした。




21歳、ママにヤキモチ。



私達ベビーシッターの役目は、 お母様に代わって、依頼された時間だけ
こども達のお世話をすることが目的だ。


だから、お母様の考え方の通りにしなければならない。


必ず外に連れ出してほしい」 というお母様がいた。

まだ1歳にもならない赤ん坊を、 雨の日も、寒い日もベビーカーに乗せて
連れて歩く。

私達が赤ん坊を預かる日は、"男性が家に来る日" なのだ。

その人が赤ん坊の父親なのか、他人なのか、それはわからない。

とにかく、 "事情" があるのだ。


 赤ん坊がかわいそうじゃないですかぁ…

呟く私に、社長が言った。

 「かわいそうだからって、かたおか、 あんたが母親になれるのかい?

 ひとぉつ! シッターは "ママ" じゃない。
 ふたぁつ! お客様のプライバシーを詮索するな。


 駐車場の車に置き去りにしてパチンコする親だっているんだ。
 シッターに世話を頼むってことは、この母親はちゃんとしてるじゃないの


"かわいそう" だけでは、こどもを育て上げることはできないのだ。


また、ある母親は赤ん坊をあやしたり、話しかけたりしない。

暗い顔をして黙っていた。 シッターが来るとふらりと何処かへ出掛けてしまう。

私達仲間は、どうしたものかと途方に暮れた。

だが、どんなに愛情を込めて接しても、 母親が帰ってくると、
足をばたばたさせて喜ぶこども…。

なんだか悔しいような、アホらしい様な気になってしまう。

さびしいけれど、ベビーシッターはやっぱり "ママじゃない" のだ。



再婚して、夫の連れ子だった3人の娘の母親になった人がいる。

79歳になる、私のお友達 "キヨコ" 。 最初の夫を結核で亡くした。

かわいそうでしたよ。 戦争中のことですからね、
薬もなく、だんだん痩せて弱って、亡くなりました


呉服屋の息子だったそうだ。

西洋の音楽や小説が好きで、  "鬼畜米英" のご時勢にも倉に隠れて
こっそり楽しんでいる様な人だった。

キヨコは最初の夫の話をする時は、瞳をしっとりと濡らして若やいでいた。


夫を亡くして間もなく、戦争が終わった。

キヨコは実家に帰らず、婚家にとどまっていた。

実家はキヨコの兄が後を継ぎ、嫁との間にはこどもが産まれていた。

気を遣う生活も嫌だったが、食いブチを増やすことに気が引けた。

姑もキヨコが家に残ることを喜んでくれたそうだ。


そんな時、医者の居なかった山間の町に医者がやって来た。

女の子3人の子持ちの "やもめ" の医師。 町は彼を大歓迎した。

特に町の教会は喜んだ。

なぜならこの医者は、"長老派のクリスチャン" だったのだ。


会員は、競って医者の世話を焼いたそうだ。

野菜やら米やらを届けるが、いったい誰が料理するのやら。

12歳の長女に、家の切り盛りができるはずがない。

下の二人の妹の世話をするので手一杯。 進学したくても勉強する暇がない。

オマケに、先生ときたら…  よれよれのズボンにくしゃくしゃのシャツ、
その上にシミだらけの白衣をひっかけて、仕上げにおしゃれなソフト帽をかぶり、
年中靴下も履かずに、革靴をつっかけて往診している。

こどもにまともな食事をさせず、コーヒーばかり飲ませていると噂する者もいた。


再婚させるしかない、これが長老達の結論だった。 キヨコに白羽の矢が立った。

私は、何度説得されてもお断りいたしましたよ。
亡くなった夫が好きでしたからね


長老達は諦めなかった。

キヨコもクリスチャンだったので、教会へ行く度に再婚話になった。

しかし、キヨコも簡単にうんと言うようなタマではない。

決心いたしましたよ。 このまま婚家にいたら、いつかは厄介者に
なりますでしょう。

何より、3人の女の子達がかわいそうでね。
こども達には、ちゃんと世話をして、躾をしてやれる人間が必要だと
思いましたよ。

でもそれが、私でなければならないのだと思えるまで、時間がかかりました



町には他に、 "" は余るほどいたはずなのに…

つまり相手の女性は、同じ "長老派クリスチャン" でなければならなかったのだ。

そして、その条件を満たすのはキヨコだけだった、と言うわけだ。


ひとつしかない道を、自分の意志で選んで、 キヨコは医者の所に嫁いだ。

"なさぬ仲" のこども達を育てるのは、並大抵の事ではなかったと言う。

誰かがきちんと育てなければならんでしょ?
善悪の区別を教えてやらねばならんでしょ?

それが継母でも、誰でもいいじゃありませんか




"かわいそう" だけでは、こどもに向き合う事はできない。

本当の母親でも、母親の責任を自覚できない人が沢山いるのに、
私達、時間で雇われたベビーシッターに何ができるだろうか。

ただひとつ、 こどもと居る時の楽しい時間を作り出すことだけだ。

ママが帰ってきたら、あっさり捨てられる身だけれどね。

社長が面白く言う。

ホステスさんみたいなもんよ。 結局、本妻のところへ戻るんだからさ


毎回続く、そんな繰り返しの中で、 私は思った。

こども達の中に、私の記憶など残らなくても良い。

むしろ、消えてしまうようでなければならない、とさえ思う。

楽しかった思い出だけが残ればいい。


だけど、私は覚えている。 こども達、一人一人のこと。
posted by 片岡 よしこ at 10:31 | Comment(2) | TrackBack(0) | バックナンバー
この記事へのコメント
私はまだ独身の身ではありますが、もし結婚することになっても、面倒も見切れないのに子供を産むようなことはしたくないと思います。

といっても自分のことで精一杯なので、結婚することもあまり考えたくありませんが・・・・・
Posted by yuki at 2008年05月24日 17:31

 コメントありがとうございます。

 結婚相手に限らず、いい人だなぁと思える人に沢山 出会えたらいいですね。

 また、コメント楽しみに待っています。

 
Posted by 片岡よしこ at 2008年05月27日 10:53
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