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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.91 『第20章  上野さん、亡くなる』


  〜 ギルバートがついに告白をしました。

   「きみを愛している。 いつか僕のところに来てくれると約束してくれるかい?」

   アンの答えは?

   「世界じゅうであなたが一番好きよ。」

   でも、それは友達として。 ギルバートは落胆して去っていきました。

   アンは、ギルバートのいない世界で生きることがどんなに寂しいかを
   かみしめるのでした。
 〜



21歳、人の死に出会う。


上野さん… あなたは幸せでしたか?

派遣された家庭の事情を、勝手に詮索してはいけないけれど、
なぜ、どうして、 と思うことがある。

"上野さん" の奥様に初めてお目にかかったのは、主治医から病状説明を
受けるために病院に付き添った日だった。


 「上野さんの息子さん、すらっとしてハンサムよ〜 奥さんに似たんだわ。
 ありゃぁ、上野さんの血は一滴も入ってないわ


社長の言葉の通り、 上野さんより頭ひとつは背の高い彼女は、きりっとした美人だった。

私と挨拶を交わすと、上野さんの手を無理やり引っ張るように、病室に消えて行った。

彼は、まるで母親に連れられた子供のように、黙って引かれて行った。


上野さんを奥様の手に引き渡した時の、彼女の鋭い視線。

なによ、あの態度。 まるで、不倫相手だとでも思っているみたいじゃないのよ。

誰があんなブ男と援助交際なんかするもんですか!

仕事ででもなきゃ、誰も相手にせんワ!


ともかくそれが、奥様に会った "最初で最後" 。



私は上野さんのお葬式に行かなかった。

初七日を過ぎ、 社長とご挨拶に伺った時も奥様の姿はなかった。

なんだか冷たい人だな、 というのが率直な印象だった。



上野さんが亡くなる、前日。

いつものように、病院で待ち合わせることになっていた。

当日になって、迎えに来てほしいとの連絡。 具合が良くないらしい。

家の中に、初めて入る。

南向きの明るい部屋にお蒲団が敷いてあり、上野さんが着替えをして座っている。

静かなクラシック音楽が流れている。

タクシーを待つ間、彼はお手洗いを済ませてくる、と席を立った。

手持ち無沙汰の私は、隣室にあったマホガニー色のピアノに引き寄せられ、
鍵盤を叩いてみた。

サティの "3つのジムノペディ" のメロディーを弾いたところで、バタンと音がした。

風呂場で上野さんが倒れたのだ。 二階にいた息子さんが慌てて降りてきた。

 えっ? 息子さんがいたの?

息子さんがいるなら、私を付き添いに呼ばなくてもいいのでは。

正直、不可解だった。 ハンサムな息子さんが救急車を呼んだ。


救急隊員がゴム長を履いている。

 なんで? こんな非常時に… 素朴な疑問が通り過ぎる。

 「なにか、掛けてあげて下さい

隊員の声に、上野さんが下半身はだかのことに気づく。

 えっ? 私が救急車に乗るの? なんでぇ〜? 家族じゃないのにぃ〜

生まれて初めて乗る救急車の乗り心地は、すこぶる悪い。


上野さん! しっかりしてください! わかりますか? わかりますか?

病院に着くと、看護師さんは意識の確認に余念が無い。

白いベッドの上で彼は目をつぶったまま、小さく頷く。

 お別れの時が来たんだ。

顔見知りの看護師さんが、 とうとう帰って来たねと小声で呟いた。

しばらくして息子さんが、上野さんの奥様を伴って到着し、 "仕事で付き添う"
私の出番は終わった。


病院に送り届ける  終了時間 14:00



その日の夜、 "佐竹" と遅くまでお酒を飲んだ。

私たちだけのお通夜になるのでしょうか?」 と佐竹が言う。

 まだ、亡くなると決まったわけじゃないでしょ。


家族があるのに、なんでウチの会社に付き添いを頼むんだろう。

詮索したくなってしまう。 何か、訳があるはずだ。

でも、上野さんは何にも言わないし、社長も 「知らない」 と言う。


考えるに、ひとつは彼なりの思いやりと遠慮だったのでは、と思う。

上野さんの奥様も、重い糖尿病で人工透析を受けていた。

彼女へのいたわりの気持ちと、私は考えたい。


もうひとつ、 我慢強く紳士的な彼は、人に甘える事を潔しとしなかったのでは
ないか
とも思う。

でも、 ブッチャけても良かったんじゃないの、 上野さん。

家族には本当の気持ちをぶつけてた?

さびしいとか、辛いとか、痛くて不安だとか… 我がまま言って、甘えてた?

できんかったんだろうなぁ、
 と思う。

だって、声の素敵な "男前" だもんね。 乱れた所は見せられませんってか。



この世に、 揃って健康で、障害もない夫婦が何組いるだろうか。

そして、 そのうちの何組が、病気もせず最後まで添い遂げられるだろうか。




病気の時はもちろん、 いつも "正味の自分" で生きていたい。

苦しい時には、あたり散らして困らせたい。

逆に相手が病気の時は、あたり散らされて泣きたい。


人生は "男前" より、 "ブ男" の方がきっとオモロイ。


上野さん、 次は "男前" に生まれ変わって、 "ブ男" な人生を送りなよ。

そう祈らずにはおられない。
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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