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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜ダイアナは、 アンの書いた物語を "ベーキングパウダー" の懸賞に
応募しました。
"ほんのちょっぴり" 書き足して、ベーキングパウダーの広告として…。
もちろんアン・シャーリーの名前で、 内緒で…。
作品は見事入選し、アンは賞金の25ドルを得たのですが、
アンにとっては屈辱以外の何者でもありませんでした。
お金のために書くことは恥ずべき事だと思っていたからです。〜
21歳は、もう子供じゃない。
私は日ごと日ごとに、ますますマトモになろうと努めていた。
周りの "男" に振り回されて、本来の自分を見失っていた。
漢文の先生やヨシロー君、 セイスケ…
彼らが生活に入り込んで来てからというもの、脳ミソも精神も混乱する一方。
自分を冷静に見つめようと日記を書いてみるのだが、気付けば字も書けなくなり、
蜘蛛の巣模様とか、心電図のようなモノを書き始めるシマツ。
ふと私は、ルビー・ギリスの死顔を見たときのアンの言葉を思い出した。
"神様はルビーをこういう顔にお創になったつもりだったのだ"
こんな私でも、神様が私をお創りになった元々の姿に戻ることができるだろうか…
それが "マトモに生きる" ということだ。
しかし… まずは、 "失恋の傷手" を癒すのが先決のようだ。
喪中のお正月ではあったが、例年通り朝風呂に入る。
朝風呂はいいもんだ。 去年の辛い出来事も洗い流せる。
母が仕事の片手間にストーブで煮た黒豆は、しわくちゃで固いが
これが実においしい。
高校時代からの友人、メグミやナラコともおしゃべりをして友情を新たにした。
こうして、元の生活に戻ってみて思うのは、 私はもう "以前の私" ではない。
新しい一歩を踏み出して、多くの経験をしたい。
人生の教訓となる経験は学校では得られないのかもしれない。
あらゆる所で、あらゆる人が教えてくれるのだ。
小さくまとまるにはまだ若すぎるのではないか。
私はアルバイトを始めた。 それは、 "ベビーシッター" 。
外国映画で、学生が近所の家で子供を見ながら留守番する、 "アレ" である。
この仕事を派遣業として起業した "女性シャチョーさん" と、私は出会った。
起業したきっかけを話してくれた。 シャチョーさんは東京生まれだ。
ご主人の転勤でこの地に来て男の子二人を育て、子育てが一段落した頃
ある会社にパートで就職。
"パートは電話をとるな" の言葉にムカついたそうだ。
お茶出しとお昼のお弁当の注文取りばかりやらされて、一週間で辞職。
起業しようと決心したらしい。
「昼飯の世話くらい、テメーでやんな!」 べらんめ〜口調も面白い。
私はなにしろ真面目に勤めた。
行けと言われた家にはどんなに遠くても行った。 自転車を飛ばしてね。
雨だけは降らないでくれと祈ったが、何度となく濡れねずみになったりもした。
中には感じの悪い家もあるし、二度と遊んでやりたくもない根性悪のガキもいた。
しかし "我慢" である。
「かたおかぁ〜 嫌なとこへ無理して行くことないんだからね。
あんな家、いきたくありませぇ〜ん って言いなよ」
そんなぁ… 嫌だって言ったら、仕事くれなくなるかもしれない。
我儘だと思われたくもない。
なんてことないフリをする私を、シャチョーは見破っていたのだ。
「あなたにはこの仕事が向いていると思うから言うけど、
自分をブッチャけていかなきゃ、続かないよ。
お客に合わせて "良い子" になってちゃ駄目」
…。 考えさせられてしまった。
自分を出して生きる経験が、あまりに少なかったからだ。
大好きだったヨシロー君にも、私は自分をブッチャけていただろうか。
いいえ… そうではなかったと… 思う。
もっと恐ろしいことに、 私には "中身" がない。
しかし私は、既に一歩を踏み出したのだ。
中身はまだ無いかも知れないが、殻を破って世界に出たのだ。
それだけでも、なんだかワクワクするではないか。
「甘えていいんだよ」
シャチョーはそう言ってくれた。
No.86 『第15章 マトモになりたい私』
〜ダイアナは、 アンの書いた物語を "ベーキングパウダー" の懸賞に
応募しました。
"ほんのちょっぴり" 書き足して、ベーキングパウダーの広告として…。
もちろんアン・シャーリーの名前で、 内緒で…。
作品は見事入選し、アンは賞金の25ドルを得たのですが、
アンにとっては屈辱以外の何者でもありませんでした。
お金のために書くことは恥ずべき事だと思っていたからです。〜
21歳は、もう子供じゃない。
私は日ごと日ごとに、ますますマトモになろうと努めていた。
周りの "男" に振り回されて、本来の自分を見失っていた。
漢文の先生やヨシロー君、 セイスケ…
彼らが生活に入り込んで来てからというもの、脳ミソも精神も混乱する一方。
自分を冷静に見つめようと日記を書いてみるのだが、気付けば字も書けなくなり、
蜘蛛の巣模様とか、心電図のようなモノを書き始めるシマツ。
ふと私は、ルビー・ギリスの死顔を見たときのアンの言葉を思い出した。
"神様はルビーをこういう顔にお創になったつもりだったのだ"
こんな私でも、神様が私をお創りになった元々の姿に戻ることができるだろうか…
それが "マトモに生きる" ということだ。
しかし… まずは、 "失恋の傷手" を癒すのが先決のようだ。
喪中のお正月ではあったが、例年通り朝風呂に入る。
朝風呂はいいもんだ。 去年の辛い出来事も洗い流せる。
母が仕事の片手間にストーブで煮た黒豆は、しわくちゃで固いが
これが実においしい。
高校時代からの友人、メグミやナラコともおしゃべりをして友情を新たにした。
こうして、元の生活に戻ってみて思うのは、 私はもう "以前の私" ではない。
新しい一歩を踏み出して、多くの経験をしたい。
人生の教訓となる経験は学校では得られないのかもしれない。
あらゆる所で、あらゆる人が教えてくれるのだ。
小さくまとまるにはまだ若すぎるのではないか。
私はアルバイトを始めた。 それは、 "ベビーシッター" 。
外国映画で、学生が近所の家で子供を見ながら留守番する、 "アレ" である。
この仕事を派遣業として起業した "女性シャチョーさん" と、私は出会った。
起業したきっかけを話してくれた。 シャチョーさんは東京生まれだ。
ご主人の転勤でこの地に来て男の子二人を育て、子育てが一段落した頃
ある会社にパートで就職。
"パートは電話をとるな" の言葉にムカついたそうだ。
お茶出しとお昼のお弁当の注文取りばかりやらされて、一週間で辞職。
起業しようと決心したらしい。
「昼飯の世話くらい、テメーでやんな!」 べらんめ〜口調も面白い。
私はなにしろ真面目に勤めた。
行けと言われた家にはどんなに遠くても行った。 自転車を飛ばしてね。
雨だけは降らないでくれと祈ったが、何度となく濡れねずみになったりもした。
中には感じの悪い家もあるし、二度と遊んでやりたくもない根性悪のガキもいた。
しかし "我慢" である。
「かたおかぁ〜 嫌なとこへ無理して行くことないんだからね。
あんな家、いきたくありませぇ〜ん って言いなよ」
そんなぁ… 嫌だって言ったら、仕事くれなくなるかもしれない。
我儘だと思われたくもない。
なんてことないフリをする私を、シャチョーは見破っていたのだ。
「あなたにはこの仕事が向いていると思うから言うけど、
自分をブッチャけていかなきゃ、続かないよ。
お客に合わせて "良い子" になってちゃ駄目」
…。 考えさせられてしまった。
自分を出して生きる経験が、あまりに少なかったからだ。
大好きだったヨシロー君にも、私は自分をブッチャけていただろうか。
いいえ… そうではなかったと… 思う。
もっと恐ろしいことに、 私には "中身" がない。
しかし私は、既に一歩を踏み出したのだ。
中身はまだ無いかも知れないが、殻を破って世界に出たのだ。
それだけでも、なんだかワクワクするではないか。
「甘えていいんだよ」
シャチョーはそう言ってくれた。
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