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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
まるでNHKの朝の連続ドラマを見るような慌しさで、
「アンの青春」 は最終章へと近づいていく。
嫁さんに逃げられていたことが発覚したハリソンさんは、元のさやに収まり、
別人のようにこざっぱりして、普通のオジサンに成り下がってしまった。
ミス・ラベンダーは、喧嘩別れした昔の恋人と結婚することになり、
生活の苦労を知らない彼女も、少しは世間の常識を知ることになるだろう。
そしてダイアナは、 あまりに普通の、田舎の若者フレッド・ライトと婚約。
それぞれが、一緒に生きる人の手をとって歩き始めていた。
そして、野心を抱きキャリアを目指すアンだけが、ひとり大学へ旅立とうと
していた。
残すところ3章となっても、私はまだアンの本性がわからない。
後ろ姿のアンに呼びかけると、爽やかな風が起きて、 彼女は振り返る。
上品につんと顎をあげ、賢そうな顔立ちが明るく笑っている。
大人っぽくアップにした赤褐色の艶やかな髪。 日の光に輝く後れ毛が眩しい。
「なぁに?」
彼女は瞳で問いかけるが、 私は何も言うことがないのに気付き、慌てふためく。
すると、近寄り難い微笑を残し彼女はまた、 前を向いて歩いて行くのだった。
風に揺れる木の枝のように。
「どうして、いつもそんな風に希望をもっていられるの?」
いいことなんて、そうあるもんじゃないのにさ。
「アン、あなたって素性のわからない孤児のくせに、
大家のお嬢様みたいに上品ぶっている」
やってる事は、 "天然" だけど。
もしかするとアンは、彼女に接した人の本性を映し出す "鏡" なのかもしれない。
アンがなぜ人を惹きつけて止まないのか。 それはこのように書かれている。
アンを後光のように包んでいる可能性
アンの中にひそんでいる、将来に向かって花開いていく力
アンは、つぎに起こることへの期待感に包まれて歩いているように
見えるのだ。
なにやら実体の無い光のようではないか。
未来の世界に期待できるなど、今の世の中では誰も思っちゃいない。
薔薇色に芳しい未来を期待していたらアテが外れる、と相場は決まっている。
この世界はろくでもない所だし、この先も大していいことないのだから、
せめて大風呂敷を広げておけば、ちょうどいい位に折り合いがつく。
これなら私は膝をたたいて、 "その通り" と納得できるのだ。
大風呂敷を広げる、 それが想像力。
つまりは自分に対して、大嘘つきであることなのだと私は思う。
これから始まる一日に、退屈極まりない仕事が待っていようとも、
わくわくするような事など、あるはずがないとわかっていても、
朝の太陽を受けて、私は自分に嘘をつく。
「天気はいいし… ふふっ… なんかいいことありそう… 」
これが本気で出来ると思う? そんな自分を想像するのも悲しいわ。
人はそんなに単純にはできてないもの。
"なにかいいことありそう" と思っているふりを自分にさせることが、
正直 "精一杯" の、 想像力の大風呂敷なのだ。
心から本当に… などということは、人にはできない、 と私は思う。
もしかすると、アンは人間じゃないのでは…?
私は赤毛のアンシリーズ8巻を残して、大変なことに気付いてしまったのかも
しれない。
アヴォンリーの村が集団催眠にかけられた結果、 "アン" という人物を
実在するように思い込んだのでは…?
そして、これを読んだ者も催眠的魔法にかかり、 "アンのようになりたい" と
思い始めるのでは…?
世間知らずで真面目な人、心優しく在りたいと願う人ほど、 かかり易い魔法。
棘で塞がれた道をかきわけ、眠っている人々をたたき起こしてやらなくては。
アンの言動ばかりに目を向けていては、この本の真意を汲み取ることは
できない。
アンの失敗や成功に、周りの人々がどのように反応するか。
そこから人の率直な心の動きや、 本性剥き出しの、在りのままの姿を
読み取れる。
読んでいる自分の本性をみて、目を覚まそうよ。
私はジョシー・パイに近いのが面目ないが、 ま、それもいいではないか。
実態のない "光" よりは、生身の方がずっと気持ちいい。
No.68 『第27章 赤毛のアンの本性』
まるでNHKの朝の連続ドラマを見るような慌しさで、
「アンの青春」 は最終章へと近づいていく。
嫁さんに逃げられていたことが発覚したハリソンさんは、元のさやに収まり、
別人のようにこざっぱりして、普通のオジサンに成り下がってしまった。
ミス・ラベンダーは、喧嘩別れした昔の恋人と結婚することになり、
生活の苦労を知らない彼女も、少しは世間の常識を知ることになるだろう。
そしてダイアナは、 あまりに普通の、田舎の若者フレッド・ライトと婚約。
それぞれが、一緒に生きる人の手をとって歩き始めていた。
そして、野心を抱きキャリアを目指すアンだけが、ひとり大学へ旅立とうと
していた。
残すところ3章となっても、私はまだアンの本性がわからない。
後ろ姿のアンに呼びかけると、爽やかな風が起きて、 彼女は振り返る。
上品につんと顎をあげ、賢そうな顔立ちが明るく笑っている。
大人っぽくアップにした赤褐色の艶やかな髪。 日の光に輝く後れ毛が眩しい。
「なぁに?」
彼女は瞳で問いかけるが、 私は何も言うことがないのに気付き、慌てふためく。
すると、近寄り難い微笑を残し彼女はまた、 前を向いて歩いて行くのだった。
風に揺れる木の枝のように。
「どうして、いつもそんな風に希望をもっていられるの?」
いいことなんて、そうあるもんじゃないのにさ。
「アン、あなたって素性のわからない孤児のくせに、
大家のお嬢様みたいに上品ぶっている」
やってる事は、 "天然" だけど。
もしかするとアンは、彼女に接した人の本性を映し出す "鏡" なのかもしれない。
アンがなぜ人を惹きつけて止まないのか。 それはこのように書かれている。
アンを後光のように包んでいる可能性
アンの中にひそんでいる、将来に向かって花開いていく力
アンは、つぎに起こることへの期待感に包まれて歩いているように
見えるのだ。
なにやら実体の無い光のようではないか。
未来の世界に期待できるなど、今の世の中では誰も思っちゃいない。
薔薇色に芳しい未来を期待していたらアテが外れる、と相場は決まっている。
この世界はろくでもない所だし、この先も大していいことないのだから、
せめて大風呂敷を広げておけば、ちょうどいい位に折り合いがつく。
これなら私は膝をたたいて、 "その通り" と納得できるのだ。
大風呂敷を広げる、 それが想像力。
つまりは自分に対して、大嘘つきであることなのだと私は思う。
これから始まる一日に、退屈極まりない仕事が待っていようとも、
わくわくするような事など、あるはずがないとわかっていても、
朝の太陽を受けて、私は自分に嘘をつく。
「天気はいいし… ふふっ… なんかいいことありそう… 」
これが本気で出来ると思う? そんな自分を想像するのも悲しいわ。
人はそんなに単純にはできてないもの。
"なにかいいことありそう" と思っているふりを自分にさせることが、
正直 "精一杯" の、 想像力の大風呂敷なのだ。
心から本当に… などということは、人にはできない、 と私は思う。
もしかすると、アンは人間じゃないのでは…?
私は赤毛のアンシリーズ8巻を残して、大変なことに気付いてしまったのかも
しれない。
アヴォンリーの村が集団催眠にかけられた結果、 "アン" という人物を
実在するように思い込んだのでは…?
そして、これを読んだ者も催眠的魔法にかかり、 "アンのようになりたい" と
思い始めるのでは…?
世間知らずで真面目な人、心優しく在りたいと願う人ほど、 かかり易い魔法。
棘で塞がれた道をかきわけ、眠っている人々をたたき起こしてやらなくては。
アンの言動ばかりに目を向けていては、この本の真意を汲み取ることは
できない。
アンの失敗や成功に、周りの人々がどのように反応するか。
そこから人の率直な心の動きや、 本性剥き出しの、在りのままの姿を
読み取れる。
読んでいる自分の本性をみて、目を覚まそうよ。
私はジョシー・パイに近いのが面目ないが、 ま、それもいいではないか。
実態のない "光" よりは、生身の方がずっと気持ちいい。
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