夫婦で暮らしていると、ものすごく些細なことが神経に障ることがある。
それは小骨が刺さった様に、いつまでもチクチクする。
別れた亭主は何度注意しても、ドアを静かに閉めることができなかった。
そもそも大きな音をさせている意識がない… いや、静かに閉める事自体
どうでもいいのだろう。
「それっ! その音! 大きな音したでしょうが!」
「えっ そうかぁ」
これだから… どうしようもない。
バカ亭主曰く、 ドアを開け閉めする音に神経を立てる私の方がおかしいと、
改める気は全くない。
そのくせ、ヤツはスプーンやフォークが歯にカチッと当たる音に鳥肌が立つと、
鬼みたいに怒るのだから理不尽だ。
夫婦仲がうまく行っている間は気を付けもするが、仲が悪くなってからはわざと
カチカチやってやった。
怒るヤツを尻目に、
「あら、そんな音したかしら…?」
と、私はしらばっくれていた。
些細なことだが、それは大きな問題となる "根っこ" から伸びて出てくるのだ。
離婚の原因は、妻が御飯茶碗を伏せて置くのがどうしても許せなかった事、と
いう人がいた。
「そんなこと、どっちだっていいじゃないの。」
どっちでもいいなら、こだわっている人に合わせておけばいいのだが、
それが出来ないのは、何か別の問題がその根にあったのだろう。
妻は最後まで、茶碗を伏せて置くことはなかったそうだ。
存在を認めてくれている実感があれば、大概の事はどっちでもいいのだ。
むしろどちちでもいいから、相手が喜ぶ方に合わせる事が喜びにもなる。
そしてその実感は、 どうも日常の小さな積み重ねの中にあるようだ。
以前、お向かいに越してきた新婚夫婦。
奥さんはたいへんな整理整頓好きとみえて、 家の中はきちんとしている
レベルを遙かに超えていた。
一糸乱れぬマスゲームをみるような、整然とした部屋だった。
部屋中の物全てが前を向いて直立不動の姿勢を保ち、私に向かって敬礼していた。
ソースと醤油の注ぎ口は必ず左側に向けて大きい順に並んでいなければならないし、
タオルの端は、ずれてはいけない。
10分も居ればホームシックにかかりそうだった。
さぞご主人は落ち着かないだろうと思いきや、奥さんの言いつけをよく守って
いる。
どこに愛されている実感があるのか。
それは、 "味噌汁" 。
彼はお鍋でもカレーでも、驚くことにクリームシチューでも、 "味噌汁"付きで
ないと駄目なんだそうだ。
「鍋に "味噌汁" はいらんやんかぁ〜」
そう言いながらも、彼女は "味噌汁" をちゃんと付けるのだ。
コレだな、と私は思ったものだ。
"好きだ" と何遍言われても、そんなんでいい年した女は納得しない。
一緒に暮らしている私の嫌がる事、喜ぶ事がわかっているのか。
ドアは静かに閉めて欲しい、と言っているでしょ。
私の存在を無視しないで欲しい。
"赤毛のアン太郎" はドアを静かに開け閉めする。
"バッタ〜ンッ!" に慣れていた私には、新鮮な驚きだった。
もう、 "愛" すら感じてしまう。
バスマットを濡らさないために、お風呂場で身体を拭き、 最後に足の裏まで
拭いてから出てくる。
これにはメロメロになった。
トイレでは座って用をたす。 床を汚さないためだと言う。
私はこれで、ノックダウン。
二、三日お風呂に入らないくらい、許してあげるわ。
アン太郎の部屋は、掃除も "不可能な状態" に散らかっているけど、
それで本人が落ち着くなら、これも大目に見てあげる。
アン太郎は三度のメシよりコーヒーが大好きだ。
カップにはいつもコーヒーが入っている。
だから、その都度洗わなくてもいいと言う。
ずに乗って、 私は軽く四、五日は洗わず注ぎ足している。
さすがにそれ位になると、青いカップが茶色になるので、 申し訳なくて洗う。
「きれいにしてくれてありがとう。」
いや〜 面目ないです。
アン太郎は私より物の扱いがキチンとしていて、CDは "記録面" を上にして
置くようにと、 私は注意される。
おっ、コレは茶碗とおなじだぞ…
「毎日カレーでもいいなぁ」
お〜 コレは "味噌汁" 付けなくていいから楽だぁ…
気を遣うのもなかなか楽しいものだ。
別れた亭主には出来なかったことばかりである。
喧嘩別れをした二人を再び結び付けるのは、モンゴメリーの主題でもある。
そんな彼女自身も、病弱な夫と気難しい姑には苦労したらしい。
素直に自分の過ちを認めること、 多くを期待して相手を変えようとしないこと、
少々の癖には片目をつむっておくこと。
「相手を理解すれば向こうも理解してくれる」
それはモンゴメリーの夢だったのかもしれない。
「誠意を持って接すれば、必ず解り合える。」
アン太郎も私もそれを信じて耐えた結果、 人生をめちゃくちゃにされてしまった
者の一人である。
同じ人ともう一度やり直すことは難しい、と言わざるを得ない。
私は綺麗事を一生やり通す気はないし、 いっそのことオトコを変え、
出来なかった事をしてあげる方が、 ずっと前向きな生き方だと思っている。
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