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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.64 『第23章  乙女の夢が破れる時 その4』

目抜き通りに並ぶ、店の明かりが灯る。

街路樹に縁取られた道を、人々が通り過ぎる。

待ち合わせてお茶をするのにちょうどいい時間だ。

食事をして映画を観るのもいい。

車のヘッドライトは互いに反射し、暗闇で光る魚達のようにヌメヌメとして
見えた。


バスの窓から見るそんな景色は、 私がこれから戻ろうとする生活とは
かけ離れたものだった。


その頃私は、  "家庭内離婚" の生活を送っていた。

夫の給料は弁護士に差し押さえられ、私一人で家族の生活を支えていた。

  「この街角で、誰かと待ち合わせて…

私だって、私だって… 男とデートしたいやい!



昔、同僚の女性に聞いた話だが、 "付き合う" ってのは、私の考えているような
甘いものではないらしい。


  「あの二人付き合ってるらしいよ…

意味深に声をひそめる彼女。 え〜 どういう付き合いなんだろう。

  「んっもう!

バシッ!

  「 "付き合う" ゆうたら、  "最後までいく" ゆうことじゃないの!

バシッ バシッ! と叩かれた。

しっ… 知らなかった… そんな深い意味があろうとは。


この深い意味を知って "仮免を取ったつもりの私" は、 路上教習に出かけた。

お相手は、時々会社に来る社長の友人。

お昼ご飯を食べに行こうとしきりに誘われていたから。


土曜日の昼、中華レストランで待ち合わせすることになった。

5分程前に私が到着すると、すでに彼は来ていた。


だだっ広い駐車場で、 彼はタクシー運転手が使うような "羽ぼうき" で
クラウンの車体をにこやかに磨いていた。

私に気付くと更ににこやかに、まるで青年のように高々と手をあげた。

ゲッ… どういうつもりなんじゃ こいつ


味はまぁまぁの中華料理を食べ、好物のジャスミン茶もたっぷり頂いたところで、
ドライブに誘われた。

  わたし、ご年配の男性はやっぱり駄目…

お断りしたのだが、 コーヒーだけでもと熱心に誘われて、私も折れた。


道を間違えたふりをしてラブホテルに突っ込むヤツはいるが、この方はほんとに
道に迷い、 田舎のお百姓の家の前でドン詰まってしまった。

  どんな喫茶店なんやろか。 不安…


畑仕事中のおじいちゃんを捕まえて道を尋ねる

おじいちゃんが目当ての喫茶店を知っているとは思えない、 と思っていると
彼は意気揚揚と帰って来た。

どうやら海へ出るつもりが、山へ登っていたと言うのだが、 明らかに山へ
登っている事は、聞かなくてもわかりそうなもの。

さっきからずっと坂道だったじゃん。


海辺に建つ、白亜のホテルの一階にある喫茶店に行きたかったらしい。

それなら私が道を知っていると言うと、彼はほっとしたようにハンドルを握ると
おしゃべりを始めた。


喫茶店でもしゃべりっぱなしの彼は、帰り道でついにクロージングに入った。


  「最近の奥様方は、カラオケやら飲み屋でいい男性を見つけてはお付き合い
  してるんですよ。


ほぅ! でっ

  「ボクは、戦没者の慰霊をする退役軍人の会に入っておりましてね。

はぁ

  「なんというか… 家庭にいる奥さんが、お付き合いするには
  一番安全なんですよ。


でっ

  「ボクと付き合いませんか。


待ってました!  その言葉の意味、知っとる、知っとる。

心の中では手を叩いて大喜びした私だが、最初から付き合う気はないので、
きっぱりとお断りした。


それから何度もお誘いの電話があったが、私が断るのでついには逆ギレ

性悪女が昼飯目当てに、純情な男心をもて遊んだような言われ方で幕切れと
なった。

一人よがりもいいところ。

何が "戦没者の霊を慰める" よ。 とんだ偽善者だわ。

別にどうでもいいけど、あの男のどこが純情なのか未だにわからない。



私はまたひとつ賢くなった。

離婚が成立するまでは、このことを誰にも話さないと心に決めたから。

心の幼い、世渡りのへたなを認めます。

そんな自分を守るには、黙って闘うしかない。

男って… 男って…  バツイチの女性とか、離婚調停中の女性を見ると
下心むきだしなんだから。




かくして心に秘めたデートの夢は、私の破れた乙女心の中にあった。

心に思い描いているようなデートでなきゃ、絶対しない。

心が通じ合う人とお付き合いしなければ、せっかくバカ亭主と別れる意味がない。

柔らかな乙女の心は中年女(!)の革袋に包んで、 私はよろよろと
歩き始めたのである。
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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