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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.58 『第17章  赤毛のアン太郎』

日本的に言えば "さんりんぼう" にはまったアンが、あたふたしている間にも
私は "赤毛のアン太郎" のことが気にかかる。

アンは自分でうまく立ち直る知恵を持っているし、現実的なマリラが側に居れば
心配はない。

ほら、向こうからギルバートがアンを誘いにやって来た。

ボートを漕ぎに行くなら、コートを着てゴム長を履くのよ。

彼ならアンの話す事全てを、喜んで熱心に聞いてくれるはずだから。



彼を "赤毛のアン太郎" と呼ぶのは、アン・シャーリーとどこかで重なって
いるからだ。


彼には行く処がなかった。

厳密に言えば、 居り場をなくした "赤毛のアン太郎" を私は、引取ったのだ。

アンは11才、 "赤毛のアン太郎" は40才近いおっさんだったが。

そして、離婚して間もない年増女の私は、人には甘えられない独り者、
つまり、マリラだったのだ。


私たち二人がどうして、何処で知り合い、一緒に暮らすようになったのか…

それはとても長い、 大人の物語だ。



"赤毛のアン太郎" は、うつ病だ。 既に20年近く薬を常用している。

今でこそ、多少は市民権を得始めた "心の病" も、 当時は一律、 "精神病"。

もっとストレートに言えば…  "きちがい" 扱いされかねない時代だった。

病気になる理由に至っては更に残酷で、なまけ者だからとか、
性格が弱いからだとか、その程度の理解しかなかったのである。


昨夜私は、 病気になった経緯を "赤毛のアン太郎" に聞いた。

そのことは何度も聞いていたはずだったが、 理解できていなかったことを
彼に詫びなければならない。

多くの無理解な人々ほどではないにしろ、彼自身に性格的問題があって
病気になったのだと、 少なからず思っていたからだ。


「同じ仕事をしてる他のもんは、普通にやれてるじゃないか。」


地方の某大手銀行のシステムオペレーターとして働いていた彼は、
とにかく一所懸命に仕事をすると心に決めていたそうだ。

早朝、彼は秒単位の正確さでシステムをスタートさせる。

仕事の評価は 「何事もなくて当たり前」 。

むしろ、 あってはならないシステム事故を起こさぬよう神経を使い、
夜勤もこなしていたそうだ。

入社から2年経つ頃には、上司からも 「よくやる」 と評価されるように
なっていた。


だがその頃から、 少しずつ、ゆっくりと体調が悪くなっていく。

もともと朝は起きられなかったが、ますます起きられなくなり、
胃がきりきり痛んだ。

夜も眠れない。 大量の酒を飲んで無理に眠り、酒臭い息をしながら出勤した。

集中力もヤル気もなくなっていった。


  「何か考え方を変えるとか、仕事のやり方を工夫するとか
  してみなかったの?」


  「いや、何も考えてなかった。 というか、その時のことは覚えてない。」


適温を保たれた部屋に立ち並ぶコンピューター達は、光を必要としていない。

窓のない、昼間も暗い部屋で、手元を懐中電灯で照らす事もある。

光を見るための出入口は、ひとつだけだったそうだ。

これって… 奴隷の漕ぐオールで走る船の船底じゃん。 ロクなもんじゃない。


  「仕事に、いえ会社に使い潰されたんだわ。」

  「そうヨ。 ワシらオペレーターは "どかた" じゃ、って
  お互いに言うとった」


正社員と比べて著しく見劣りする給料。

望みのない昇格。 納得出来ない不満。


なのに、どうして頑張ったのだろう。

「 … … 認められたかった…」



私はマシューの言葉を思い出していた。

1ダースの男の子がいるより、アンがいる方がいいっていう、 あの言葉。

初めてアンは、 存在価値を認められたのだ。

アンも私も、 読んだ人は誰でも嬉しくなったはずよね。

まるで自分が言われた様に…。


しかし現実には私も、 "赤毛のアン太郎" も、満たされない思いを抱えて
生き抜かなければならない。

世間は他人にいい事など言ってはくれないのだ。



1ダースのおっさんにチヤホヤされるより、 "赤毛のアン太郎" 一人が
居ていてくれたらそれで幸せだけど、 男である "赤毛のアン太郎" が
それだけで満足できるとは思ってはいない。

男の人は社会で認められてこそ、自分の存在価値を見出せるのではないかと
私は思っているからだ。


?  存在価値??

価値を認められるためには何か特技や技能が必要なのだろうか。

なくてはならない存在なんて、そもそもあるのだろうか。


代わりなら幾らでもいる事務員の私には、存在価値など無きに等しい。

ただ、そこにいることを許されているというだけの事。


「ここにいることを許されているだけ」。
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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