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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.51 『第10章  事務員さんの本性 その2』



賑やかな鈴の音と共に、 彼女は到着する。

全ての鍵には鈴が付けられているからだ。


事務員さんは思う。

毎朝こんなに早くから出てくるなよ… 役員なんだから…


がさがさと荷物が音をたてる。

スーパーの "ちゃりちゃり袋" や、クリーニング屋の袋を自転車のカゴから
引っ張り出す音だ。


突然。 「おはよ〜! いってらっしゃ〜い!」

通学途中の、見ず知らずの小学生に元気一杯の声を掛ける。


ちゃりちゃり、ちりんちりん、 そしてバッタ〜ンとドアが開いて、

  「家出おばさんのようじゃねぇ〜」

荷物が二つ以上ある時は決まってそう言うので、事務員さんは返事もしない。


「あ〜つめたい! ひとりでに走れるわ〜」

年柄年中 "小走り" だし、 外から帰ったらいつもはぁはぁ、
息が切れていることに自分で気付いてないのだろうか…


「コピーってほんとに便利」

帽子とコート姿のまま、朝一番のコピーを "やく" (コピーはとるのではなく、
やくのである) 後姿を横目でちらりと見た事務員さんは、憂鬱そうだった。


歳と共に痩せてガリガリになっていくにも関わらず、 しっかりした体つきだ。

いつも背筋をピンと伸ばし、両膝をきちんと閉じて座る後姿は、 言い出したら
他人の言うことを聞かない頑固さを物語っていた。


事情を知らぬ人がもし一緒に居たら、 なんと無愛想な事務員だろう…
皆そう思うことだろう。

心配無用だ。 これら、彼女の口から出る言葉は全て、 "独り言" なのだから。



「朝っぱらから何をやいているんだか。」

事務員さんは隙を見て彼女の机に近づき、机の上の書類からトランプを引く様に
一枚を選び出すと、 見もせず手早く折り畳んでポケットにねじ込んだ。



鼻唄が始まった。 それはいつも突然始まるのだ。

心の中で事務員さんは耳を塞ぐ。 やめてくれぇ…

隣室では、 彼女の息子である社長までもが口笛を吹き始めた。

二人にとっては、今日は実に楽しい土曜日らしい。


「それ… なんていう曲ですか?」

事務員さんと二人の眼が合った。


彼は来週に迫った、二つの入札の見積に忙しかった。

人任せにして失格になるのが嫌だった。

おまけに、積算ミスで赤字の仕事を落札するのも怖い。

人の責任を取るのも嫌だが、 自分だけ面倒な作業をしていることが、
とにかく腹立たしくてしようがないのだった。


しかし。 今回の積算には、ちょっと自信があった。

  「これで落札できれば… って、ちょっと気分が良くなっていただけなのに、
  事務員のヤツ、つまらん水を差しやがって…」



仕事があれば、こんな些細な事に苛々する事もないのに、 と事務員さんは思う。


さっき引き抜いた書類は焼却するとして…、

さて、 息子へのいたずらの仕込みは何にするか、だ。


社長室のドアに引っ掛けられたハンガーに、ふと眼が留まった。

部屋の外側に掛かったハンガーを、内側へかけ直しておく。

後は、彼が帰るのを待つだけだ。


バチッ! ハンガーがドアにぶつかって大きな音をたて、跳ね飛ぶ音がした。

面白いのはここからだ。

  「ひぇ〜 なんでぇ〜  おっ ハンガーか… ひぇ〜 なんでかなぁ…
  よいしょ よいしょ たいへんだ…」

予定通りすっごい独り言の連発に、事務員さんは新聞を読むフリをしながら
お腹の中では大爆笑。

  「やったりましたでぇ」



隣ではもう一人、 がさがさと捜し物をする気配と共に、独り言が始まった。

  「なくなっちゃった なくなっちゃった…」

元気に唄いながら、コピー機に向かう彼女。

やっぱり…  "コピーのコピー" がやいてあったのだ。


「片づけたら何処に置いたか忘れるわぁ…」

ここぞとばかりに事務員さんが口を開いた。

  「歳のせいですかね」



「仕事がないんです。 ここって、いつまで経っても
同じことの繰り返ししかないですから。」

もし、いたずらがバレたら、 テイビーのように言うしかない。


しかし、相手はアンではない。 人の話を聞かない専務と、人を信用しない社長。

事務員さんの本当の気持ちを聞く気なんて、あるわけがない。



事務員さんは、 もはや期待なんぞしていない。

自分の存在や感情を表現する、 これはもはや、単なるいたずらではない。


そうだ。 アートだ。

バクハツして何が悪い。



posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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