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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
"一戸建て" は近所付き合いが煩わしい、 と言われている。
その点、マンションやコーポは、 隣近所付き合いをしなくていい、
…などと、本当に思い込んでいる人達がいる。
それが、私の住むマンションの住人達。 多くの場合、挨拶すらしてくれない。
顔見知りでなければ、 とことん口を開かない気なんだろうと思う。
私は、 相手が知らん振りを決め込んでいるなら、
こっちも知らん顔しとこうと思っていた。
ところが、 我が家の "赤毛のアン太郎" は、そうはいかない。
世帯主の私より、もっとにこやかに、「こんにちは〜」 などと挨拶している。
その上、 挨拶を返す人、返さない人を、 あらかた把握しているのだ。
「このマンションじゃ、大人より中・高生の方がきちんと挨拶するで。
どうなっとんじゃ…」
と、 したり顔である。
世帯主としては、 せめて、両隣だけは押さえておかなければ。
お付き合いの基本は "おすそ分け" 。 それなのに、 私としたことが…
素人農民からどっさりもらったじゃがいもを、両隣にお分けした。
雨降りに収穫されたじゃがいもは、翌日には腐っていた。
これではゴミを差し上げたようなものだ。
もう、 気の毒で、恥ずかしくて、 「ごめんなさい。」すら言えない。
手土産持って、断りに行くべきだったのだろうか。
近所付き合いは、 なぜ苦情から始まってしまうのだろう。
苦情が挨拶代わりになってしまうのだ。
我が家には、 ピアノのアントニオがいる。
引っ越して間もなくの頃。 発表会が間近に迫っていた。
午後9時を過ぎていた事に気付かず、 私は練習を続けていた。
勿論、ミュートするなどして、 音は小さくしていたのだが、
そうは言っても、 ピアノは響きの大きな楽器だ。
ピアノ側の隣室より、苦情が来た。 それも、管理人さんを通して。
正確には… "管理人さんのメモ" がポストに入れられていた。
こういう場合、 お詫びも、 "管理人さんを通してメモを回してもらう" のが、
正しい対応なのだろうか、 などと、本気で考えてしまった。
このマンションでは、 大概の事は、 "メモと回覧" で片付けられる。
「ここにゴミを置いてはいけません。 捨てて下さい。」
翌日。 ゴミは無くなったが、 貼ってあったメモだけが、
側にあった消化器に貼り付けられていた。
しばらくした、 蒸し暑い夏の夜。
夜もふけた未明、けたたましい笑い声と話し声が聞こえてきた。
例の隣室からだ。
声のボリュームと響きからして、 明らかに窓が開いている。
「飲み会でもやっとんかなぁ…
これって、 管理人さんを通してやかましいって言うのかなぁ…」
呑気な私に代わって、 "赤毛のアン太郎" は隣室に接する壁をドンと一殴り。
パタリと静かになった。
困ったことがあったら、すぐその場で対応するのが早いようだ。
グリーンゲーブルズの隣は、 レイチェル・リンド夫人。
そして最近越してきた、 "変人" と噂されている、 J・A・ハリソンさんだ。
ハリソンさんは、メモなんぞではなく、 堂々と押しかけてきた。
怒り狂った彼は、アンに苦情をぶちまけた。
アンの牛、ドリーが、 ハリソンさんの畑のカラスムギを喰い荒らしたからだ。
もし…、 耳の辺りにだけちょろちょろっと髪の残ったハゲ頭の、
ずんぐりむっくりのおじさんが、 怒りに顔を真っ赤にして、
玄関先に立っているとしたら…
想像するのも恐ろしい。
「申し訳ございませんでした。 今後ドリーがカラスムギ畑へ入らないよう、
気をつけます。 お宅も、畑へ入る柵を直されたほうがいいと思います。」
なんて、 私なら落ち着き払って言えっこない。
ピアノ騒音の苦情にしても、 ご本人に面と向かって叱られたら、
相当こたえるに違いない。
だがこの場合、私が悪いのだから、 言い訳も出来ない。
正直、メモでありがたかったというのが本音だ。
快適なマンションライフの理想はなんだろう、 と考えてみた。
トラブルを起こさないこと。 迷惑行為をしないこと。
息を殺して、ひっそり暮らすことなのだろうか。
それでは "ただそこに居る" ってだけだし、
居ることですら、忘れられてしまうだろう。
さて、 ハリソンさんが怒鳴り込んでくる前。
アンが読んでいたのは、 英語ではバージル(紀元前70年〜19年)と
呼ばれるローマの詩人、プブリウス・ウェルギリウス・マロの詩だった。
恐るべしアン。
それを訳そうというのだから、 たぶん、ラテン語で書かれたものを
読んでいたのだろう。
バージルは、ヨーロッパ文学史上、最も重要視される詩人で、
「牧歌」、「農耕詩」、「アエネイス」という詩を残している。
思うに、 アンは「牧歌」を読んでいたのではないだろうか。
この詩の中では、 イタリアの美しい風物や、
牧歌的人物を織り込んだ理想郷を表現しているらしい。
アンは、 アヴォンリーにそんな理想郷を描いていたのだろうか。
人が住んでいる限り、理想郷なんてあるもんか、 と私は思う。
しかし、強いて考えるならば、 ご近所との "程よい付き合い" に尽きる。
昨日、隣のご主人がバイクの手入れをしていたので、声を掛けた。
驚いたように顔を上げて、 私を見て、挨拶してくれた。
彼こそが、"メモを消火器に張り替えた犯人" だと、 私は睨んでいる。
それにしても、 どうして毎日バイクの手入れをしなくてはいけないのか、
駐輪場でもない所にバイクを駐めていて、鬼の管理人さんに注意されないのか、
聞きたい事が山ほどある。
お隣に、 情報通のリンド夫人がいれば "苦もなくわかる" 事も、
自分で内偵しなければならない。
なるほど… アンの "アヴォンリー田舎暮らし" の快適さは、
情報通のリンド夫人と、冷静なマリラの情報処理能力に支えられている訳だ。
快適なマンションライフに、 話せる友達は、やはり必要だ。
仲良くなれそうだったら、 度を越してもお付き合いしたいものだ。
ご飯をご馳走になったりしたい… という訳で、
ちゃんと顔を確認して、 眼があったら「こんにちは〜」、
ちょっと立ち話なんぞ、してみたり…。
このマンションの、どこかの一室に、ちょっと気の合う人がいるような、
そんな気がしてきた。
日々、 抜かりなく見張っていなければ。
それを、私の理想のマンションライフの、 第一歩にしよう。
No.41 『第1章 理想のマンションライフ』
"一戸建て" は近所付き合いが煩わしい、 と言われている。
その点、マンションやコーポは、 隣近所付き合いをしなくていい、
…などと、本当に思い込んでいる人達がいる。
それが、私の住むマンションの住人達。 多くの場合、挨拶すらしてくれない。
顔見知りでなければ、 とことん口を開かない気なんだろうと思う。
私は、 相手が知らん振りを決め込んでいるなら、
こっちも知らん顔しとこうと思っていた。
ところが、 我が家の "赤毛のアン太郎" は、そうはいかない。
世帯主の私より、もっとにこやかに、「こんにちは〜」 などと挨拶している。
その上、 挨拶を返す人、返さない人を、 あらかた把握しているのだ。
「このマンションじゃ、大人より中・高生の方がきちんと挨拶するで。
どうなっとんじゃ…」
と、 したり顔である。
世帯主としては、 せめて、両隣だけは押さえておかなければ。
お付き合いの基本は "おすそ分け" 。 それなのに、 私としたことが…
素人農民からどっさりもらったじゃがいもを、両隣にお分けした。
雨降りに収穫されたじゃがいもは、翌日には腐っていた。
これではゴミを差し上げたようなものだ。
もう、 気の毒で、恥ずかしくて、 「ごめんなさい。」すら言えない。
手土産持って、断りに行くべきだったのだろうか。
近所付き合いは、 なぜ苦情から始まってしまうのだろう。
苦情が挨拶代わりになってしまうのだ。
我が家には、 ピアノのアントニオがいる。
引っ越して間もなくの頃。 発表会が間近に迫っていた。
午後9時を過ぎていた事に気付かず、 私は練習を続けていた。
勿論、ミュートするなどして、 音は小さくしていたのだが、
そうは言っても、 ピアノは響きの大きな楽器だ。
ピアノ側の隣室より、苦情が来た。 それも、管理人さんを通して。
正確には… "管理人さんのメモ" がポストに入れられていた。
こういう場合、 お詫びも、 "管理人さんを通してメモを回してもらう" のが、
正しい対応なのだろうか、 などと、本気で考えてしまった。
このマンションでは、 大概の事は、 "メモと回覧" で片付けられる。
「ここにゴミを置いてはいけません。 捨てて下さい。」
翌日。 ゴミは無くなったが、 貼ってあったメモだけが、
側にあった消化器に貼り付けられていた。
しばらくした、 蒸し暑い夏の夜。
夜もふけた未明、けたたましい笑い声と話し声が聞こえてきた。
例の隣室からだ。
声のボリュームと響きからして、 明らかに窓が開いている。
「飲み会でもやっとんかなぁ…
これって、 管理人さんを通してやかましいって言うのかなぁ…」
呑気な私に代わって、 "赤毛のアン太郎" は隣室に接する壁をドンと一殴り。
パタリと静かになった。
困ったことがあったら、すぐその場で対応するのが早いようだ。
グリーンゲーブルズの隣は、 レイチェル・リンド夫人。
そして最近越してきた、 "変人" と噂されている、 J・A・ハリソンさんだ。
ハリソンさんは、メモなんぞではなく、 堂々と押しかけてきた。
怒り狂った彼は、アンに苦情をぶちまけた。
アンの牛、ドリーが、 ハリソンさんの畑のカラスムギを喰い荒らしたからだ。
もし…、 耳の辺りにだけちょろちょろっと髪の残ったハゲ頭の、
ずんぐりむっくりのおじさんが、 怒りに顔を真っ赤にして、
玄関先に立っているとしたら…
想像するのも恐ろしい。
「申し訳ございませんでした。 今後ドリーがカラスムギ畑へ入らないよう、
気をつけます。 お宅も、畑へ入る柵を直されたほうがいいと思います。」
なんて、 私なら落ち着き払って言えっこない。
ピアノ騒音の苦情にしても、 ご本人に面と向かって叱られたら、
相当こたえるに違いない。
だがこの場合、私が悪いのだから、 言い訳も出来ない。
正直、メモでありがたかったというのが本音だ。
快適なマンションライフの理想はなんだろう、 と考えてみた。
トラブルを起こさないこと。 迷惑行為をしないこと。
息を殺して、ひっそり暮らすことなのだろうか。
それでは "ただそこに居る" ってだけだし、
居ることですら、忘れられてしまうだろう。
さて、 ハリソンさんが怒鳴り込んでくる前。
アンが読んでいたのは、 英語ではバージル(紀元前70年〜19年)と
呼ばれるローマの詩人、プブリウス・ウェルギリウス・マロの詩だった。
恐るべしアン。
それを訳そうというのだから、 たぶん、ラテン語で書かれたものを
読んでいたのだろう。
バージルは、ヨーロッパ文学史上、最も重要視される詩人で、
「牧歌」、「農耕詩」、「アエネイス」という詩を残している。
思うに、 アンは「牧歌」を読んでいたのではないだろうか。
この詩の中では、 イタリアの美しい風物や、
牧歌的人物を織り込んだ理想郷を表現しているらしい。
アンは、 アヴォンリーにそんな理想郷を描いていたのだろうか。
人が住んでいる限り、理想郷なんてあるもんか、 と私は思う。
しかし、強いて考えるならば、 ご近所との "程よい付き合い" に尽きる。
昨日、隣のご主人がバイクの手入れをしていたので、声を掛けた。
驚いたように顔を上げて、 私を見て、挨拶してくれた。
彼こそが、"メモを消火器に張り替えた犯人" だと、 私は睨んでいる。
それにしても、 どうして毎日バイクの手入れをしなくてはいけないのか、
駐輪場でもない所にバイクを駐めていて、鬼の管理人さんに注意されないのか、
聞きたい事が山ほどある。
お隣に、 情報通のリンド夫人がいれば "苦もなくわかる" 事も、
自分で内偵しなければならない。
なるほど… アンの "アヴォンリー田舎暮らし" の快適さは、
情報通のリンド夫人と、冷静なマリラの情報処理能力に支えられている訳だ。
快適なマンションライフに、 話せる友達は、やはり必要だ。
仲良くなれそうだったら、 度を越してもお付き合いしたいものだ。
ご飯をご馳走になったりしたい… という訳で、
ちゃんと顔を確認して、 眼があったら「こんにちは〜」、
ちょっと立ち話なんぞ、してみたり…。
このマンションの、どこかの一室に、ちょっと気の合う人がいるような、
そんな気がしてきた。
日々、 抜かりなく見張っていなければ。
それを、私の理想のマンションライフの、 第一歩にしよう。
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