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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.38 最終章 『第38章  片岡に露みちて』




「神は天にあり、この世はすべてなにごともなし」


アンがそっとつぶやく、ロバート・ブラウニング(1821〜1889)の詩の一節で、
物語は終わる。


初めて「赤毛のアン」を読んだ時から、 この詩は謎だった。

  神様が守ってくれているから、 この世は平和で、安心だ…

こどもの私はそのくらいに考えていた。

勉強机に頬杖をついて、窓辺の木立が夕暮れの風に揺れるのを見ると、
アンの真似をしてつぶやいてみたものだ。

しかし、全文は知らなかった。



この一節は、英国の詩人ロバート・ブラウニングの長編詩、
"ピッパは行く" のなかでピッパがくちずさむ歌で、

英語圏ではよく引用される、有名な詩だと、 最近知った。


日本では、1905年に出版された "海潮音" の中で、 上田 敏が訳している。


  時は春、 日は朝、 朝は七時、

  片岡に露みちて、

  揚雲雀なのりいで、蝸牛枝に這ひ、

  神、空に知ろしめす。 すべて世は事も無し。



なぜ、この一節で物語を締めくくったのだろう。

物語の始まりと終わりは繋がっているものだと思う。

第1章は… 何でもお見通しの、村のお目付け役、 レイチェル・リンド夫人から
始まっている。

もちろん38章でも、 リンド夫人は情報収集能力を発揮して、
アンに嬉しい知らせを持って、 登場してはいるが…。



これも最近知って、非常に驚いた。

赤毛のアン」には、 もう一箇所、ブラウニングの詩が引用されていると
いうのだ。

冒頭の扉の部分、 それはなぜか、 村岡花子訳、掛川恭子訳共に省略している。


  幸せの星 汝が天球に会し、

  精と炎と露もて 汝をつくれり



つまり… 天球の星の定めに従って、 アンは物語の最初から、
幸せの星として
、登場していたわけだ。

いくら何でもお見通しのリンド夫人でも、 星の定めた巡り合わせなど、
わかるはずもない。


読者なら気付くだろう。

34章で、 マシューは、星の輝く、青い夏の夜空の下でつぶやく。

  「神さまが天上からごらんになっていて、あの子をお遣わしになったんだ。」


アンがグリーン・ゲーブルズに来たのは春、 りんごの白い花が咲き乱れ、
雲雀が飛び、 ミツバチの歌声があふれていた。

  「大好きなグリーン・ゲーブルズ、
  世界は、そして人生は、なんて美しいんでしょう。」



ブラウニングの詩に、 アンはそんな想いを込めたのだと思う。

物語の始まりと終わりが繋がった。 私は腑に落ちて、すっきりした。



しかし…、

リンド夫人の許しを得て書き始めた私は、 彼女に断りもなく、
締め括ることはできそうもない。


何事も、彼女に相談なしでは始まらないし、
言わなければ、彼女の方から押しかけて来ること間違いなしだもの。


  「おや、アンはアヴォンリーで教えるんだよ。
   それは、書かなくていいのかい?」



  でも、 リンドのおばさま… 私、仕事もあるし、家の切り盛りも
  しなくちゃならない。 オルガンの練習だって骨が折れるのよ。

  それに、父も随分歳をとって、手伝いが必要だわ。

  赤毛のアンは10巻まで続くのよ。

  書き続けるなんて、 そんなことしたら死んじまうわ…



  「その間に、私なら18枚目のキルトを仕上げちまうだろうよ。」


リンドのおばさま… 私にあなたの真似はできません。


  「へぇ… それじゃあ、アンのことを書いたからって、
  なにも変わってないってわけだね。」



おばさま…


私は、きれいな心を取り戻したくて、「赤毛のアン」を手にした訳じゃない。

この物語が大好きだったからだ。

いつか、こんな物語を自分でも書けたら、 と夢みていた頃があったからだ。


だが私は、 どこかで道の曲がり角を間違えたのかもしれない。


いつだって、 曲がり角の先には… 退屈な仕事や面倒なもめ事があった。

何人もの社長や部長に仕えたが、ロクでもないヤツばっか。

最近じゃ、 不況で会社が潰れる心配に加えて、お金と老後の心配まである。

別れた亭主は、未だに私にアイソを尽かされたことを分かっちゃない。


見渡せば嫌いな人々の山。 私のお腹の中は皮肉毒舌まっくろけだ。


「全38章」を書き通した結果、 取り戻したのは、 むしろ辛口な、批評家の
私自身
だったようだ。


私は、もっとはっきりものを言ったほうがいいのでは、 と思うようになった。


そう… 間違った曲がり角はない。 この道はどこかに向かって繋がっているのだ。

私は今、 この曲がり角の先に広がる風景に眼を向けようとしている。

プレハブの事務所へ車を走らせる寒い朝…、 もう、ドラマのような人生や、
テレビで見たモデルハウスを夢見たりしない。


嫌いな人々の山を目の前に、 歯切れのいい毒舌と、
生クリームのように滑らかな皮肉を考えるのは、実に楽しい。



リンドのおばさま…


私はワタシ、アンに似せて真似をしたものではない、 私の望みを持って、
新たな夢を描いてみることにした。

勇気がいるものね、 自分に心を開いて現実を認めるというのは。



ここが、 私のプリンスエドワード島


工業地帯の朝にも、鳥はさえずり、 すすけた木々には虫が這い出し、

片岡には露が光る…




posted by 片岡 よしこ at 08:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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