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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
6月6日は 雨ざあざあ
三角定規に ヒビいって…
誰でも知っている絵描き唄。 10年前のこの日、朝の空は晴れわたっていた。
ところが会社に着くなり、突然雷と共に大雨が降り始めた…
その時、 私は "母危篤" の知らせを受けた。
傘を握りしめて事務所の玄関を出ると、雨は嘘のように止み、
太陽が顔を出していた。
なんか、遊ばれてるみたいな天気…
もうこれだけで、6月6日は忘れようがない。
母の命日は、 雨…ざあざあ だったのだから。
母は思い出の手がかりを残したのかしらと思う。
思い出は、 香りや、物や、空気と、一緒に刻まれていく。
マシューが倒れた朝、アンは白ズイセンの花束を胸に抱えていた。
それから長い間、 アンは白ズイセンの花を見ることも、匂いを嗅ぐことも
できなかった。
" 母の日 "が近づくと、私は花屋の前を眼を伏せて通るようになった。
余命を宣告され、来年のこの日には母はいない。 耐え難い悲しみが蘇るからだ。
母は肺癌だった。
入院した時は既に手遅れだった。 たった1ヶ月の入院だった。
意識がある最後まで、 母は母らしかった。
病院のパジャマは、前の合わせを紐でくくるようになっている。
痩せた母には紐の位置が合わなかったのだろう。
きれいにほどいて付け替え、返す時にはまた元の位置に付け直していたのだ。
丁寧に縫いつけてあった。
「おかあさんらしい…」
私はしみじみ感心した。
お葬式は大変盛り上がった。 マイクロバス一台分の親戚縁者がやって来て、
通夜の夜は、お料理もお酒も足りないくらい。
お酒を医者から止められている叔父が、こんな時くらい飲ませろと暴れた。
アンタが一番母に面倒かけたのよ。
叔母達は娘や息子、孫まで連れて来て、 皆おなか一杯に食べた。
結婚披露宴みたいだった。
そして、 母は、花嫁のように美しかった。
亡くなる一週間前に外出許可を貰い、 行きつけの美容院で、
髪もきちんとセットしていた。
眉を形よく整えたせいか、 生きてるときよりキマッていたくらいだ。
少々色黒な母だったが、 肌は白く蒼ざめて、
「白雪姫みたいだよ…」
母も、まんざらでもないという顔をして、 すましていた。
魂は身体を離れて、 自由に飛びまわっていると私は感じていた。
どんなに悲しみに打ちひしがれていても、眠気には勝てない。
葬祭場の一室で、 父と私は、一夜を明かした。
本当は母の側で線香を絶やさず、寝ずの番をするはずなのに、
父ときたら、爆音とも言えるイビキをかいて、 寝てしまった。
うるさくてたまらん。
おかあさん、なんとかしてくれ…
もし、亡くなったのが父なら、 母と抱き合って泣けたかもしれない。
しかし、 母を失って、 父は途方に暮れていた。
私の務めは、父を支えて葬式を無事に済ませることだ。
起き抜けのコーヒーが飲みたい。 父もコーヒー好きだ。
私が物心ついた時から、朝は欠かさずドリップコーヒーだ。
「しょうがない… 缶コーヒーでも飲むか…」
私達は葬祭場を出て、向かい側にある自動販売機まで、
ぶらぶらと歩いて行った。
空は晴れ、 明け方の空気はピリッと冷たい。
毎日繰り返される通勤ラッシュが始まろうとしている。
人々は起き出して、いつもの平凡な朝を迎える。
母は逝ってしまった。
父と私は、同じ悲しみを分かち合って、 黙ったまま歩いた。
私はこの朝のことを、 今も大切に思う。
ふと母を思い出す時、そこに風が吹く。 気が付くと、母の日が近づいている。
それは悲しい事の様だが、 時が経つと、亡き人と魂の交信をする時の
鍵にもなる。
旅先で迎えた朝、 コーヒーの自動販売機に小銭を入れる時、
どこからか冷たい風が頬に吹いてきて、 一瞬、 心が後ろを振り返る。
おかあさん、 私は元気でやっています。
私は、 言葉になる前の気持ちを母に贈る。
No.37 『第37章 朝、コーヒーをすする時』
6月6日は 雨ざあざあ
三角定規に ヒビいって…
誰でも知っている絵描き唄。 10年前のこの日、朝の空は晴れわたっていた。
ところが会社に着くなり、突然雷と共に大雨が降り始めた…
その時、 私は "母危篤" の知らせを受けた。
傘を握りしめて事務所の玄関を出ると、雨は嘘のように止み、
太陽が顔を出していた。
なんか、遊ばれてるみたいな天気…
もうこれだけで、6月6日は忘れようがない。
母の命日は、 雨…ざあざあ だったのだから。
母は思い出の手がかりを残したのかしらと思う。
思い出は、 香りや、物や、空気と、一緒に刻まれていく。
マシューが倒れた朝、アンは白ズイセンの花束を胸に抱えていた。
それから長い間、 アンは白ズイセンの花を見ることも、匂いを嗅ぐことも
できなかった。
" 母の日 "が近づくと、私は花屋の前を眼を伏せて通るようになった。
余命を宣告され、来年のこの日には母はいない。 耐え難い悲しみが蘇るからだ。
母は肺癌だった。
入院した時は既に手遅れだった。 たった1ヶ月の入院だった。
意識がある最後まで、 母は母らしかった。
病院のパジャマは、前の合わせを紐でくくるようになっている。
痩せた母には紐の位置が合わなかったのだろう。
きれいにほどいて付け替え、返す時にはまた元の位置に付け直していたのだ。
丁寧に縫いつけてあった。
「おかあさんらしい…」
私はしみじみ感心した。
お葬式は大変盛り上がった。 マイクロバス一台分の親戚縁者がやって来て、
通夜の夜は、お料理もお酒も足りないくらい。
お酒を医者から止められている叔父が、こんな時くらい飲ませろと暴れた。
アンタが一番母に面倒かけたのよ。
叔母達は娘や息子、孫まで連れて来て、 皆おなか一杯に食べた。
結婚披露宴みたいだった。
そして、 母は、花嫁のように美しかった。
亡くなる一週間前に外出許可を貰い、 行きつけの美容院で、
髪もきちんとセットしていた。
眉を形よく整えたせいか、 生きてるときよりキマッていたくらいだ。
少々色黒な母だったが、 肌は白く蒼ざめて、
「白雪姫みたいだよ…」
母も、まんざらでもないという顔をして、 すましていた。
魂は身体を離れて、 自由に飛びまわっていると私は感じていた。
どんなに悲しみに打ちひしがれていても、眠気には勝てない。
葬祭場の一室で、 父と私は、一夜を明かした。
本当は母の側で線香を絶やさず、寝ずの番をするはずなのに、
父ときたら、爆音とも言えるイビキをかいて、 寝てしまった。
うるさくてたまらん。
おかあさん、なんとかしてくれ…
もし、亡くなったのが父なら、 母と抱き合って泣けたかもしれない。
しかし、 母を失って、 父は途方に暮れていた。
私の務めは、父を支えて葬式を無事に済ませることだ。
起き抜けのコーヒーが飲みたい。 父もコーヒー好きだ。
私が物心ついた時から、朝は欠かさずドリップコーヒーだ。
「しょうがない… 缶コーヒーでも飲むか…」
私達は葬祭場を出て、向かい側にある自動販売機まで、
ぶらぶらと歩いて行った。
空は晴れ、 明け方の空気はピリッと冷たい。
毎日繰り返される通勤ラッシュが始まろうとしている。
人々は起き出して、いつもの平凡な朝を迎える。
母は逝ってしまった。
父と私は、同じ悲しみを分かち合って、 黙ったまま歩いた。
私はこの朝のことを、 今も大切に思う。
ふと母を思い出す時、そこに風が吹く。 気が付くと、母の日が近づいている。
それは悲しい事の様だが、 時が経つと、亡き人と魂の交信をする時の
鍵にもなる。
旅先で迎えた朝、 コーヒーの自動販売機に小銭を入れる時、
どこからか冷たい風が頬に吹いてきて、 一瞬、 心が後ろを振り返る。
おかあさん、 私は元気でやっています。
私は、 言葉になる前の気持ちを母に贈る。
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