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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.36 『第36章  "誰か" の贈り物』




ヒヤシンスの水栽培をしたことがある。 


首の括れた独特の形をしたガラス瓶。 水を張ると妙に艶めかしい。

そっと乗せた球根は無骨な表情をしている。


やがて、白い髭のように根が生え始める。

根は血の通っていない白い血管に似ている。

瓶の中に、そんな血の通わない血管が張り巡らされる。

しかし、硬い芽が頭をのぞかせるのは、まだ遠い先のことだ。

もしヒヤシンスが、 同性愛者の痴情の縺れで死んだ、
ヒュアキントスの血から生まれた花だと知っていたら、
ひと時でもロマンチックな気分になれただろう。



その頃、 私は悲しい受験生だった。


花が咲いたら合格する」。 願かけをしていたのだ。

土に植えたら、心配でほじくり返して、駄目にしてしまう。


どうなっているかを確認するには、 水栽培が一番だ。

の木立は寒そうに見せかけているが、
密かに着々と開花の準備を整えている。

勉強しとらんと言いながら、合格するヤツみたいだ。

その点、ヒヤシンスは、 机の上で、すべてを私にみせてくれる。


万が一の保険に、色違いの球根もスタンバイさせた。

しかし、万が一受験に失敗した時の保険は、用意していない。

失敗すればそこからの時は止まり、 たとえ花が咲いても、
私には春は二度と来ない、と思っていた。



良妻賢母」の育成を旨とする私立の女子校から、4年制の大学を目指すのは
かなり大きな望みだった。

高校に入学した時の成績を基に50人が選ばれ、進学クラスが編成された。

中学では100番以内に入らなかった私が、ここに来て優等生扱いを
受けるのだから、世の中の評価は当てにならないものだ。


私達50人は、他の生徒とは別のカリキュラムで鍛えられた。

10名が4年制に合格、その内の1名が国立大学だった。


皆、よく頑張った。 そして、浪人生になったのは私一人だった。



私は英文科を目指していた。 得意科目だったからだ。

でも… 本音は…

  外人が好きだったのよ…

  外国のラジオ番組や歌を聴いて、内容がスラスラ理解できたら、

  カッコいいよなぁ…


かなりの、ミーハーだったのだ。


しかし、この世の中、 例えそれがミーハーな望みであろうとも、
何かを手に入れようとするなら、それなりの代償を支払わなければ
ならないのだ。

こつこつと努力し、怠けたい自分を厳しく叱り、
不安に耐えなければならない。



予備校へ行かなかった私は、昼間は家業の印刷屋を手伝った。

今考えると、これは両親の作戦だったのではないかと思う。


両親と私の三人は、 朝は車で工場へ出勤し、夕方にはまた三人で帰宅した。


昼食時は、 三人で近所のレストランや喫茶店をハシゴした。

レストランでは、全員 "エビピラフ"
喫茶店では、全員 "日替わり定食 コーヒー付き" を注文した。

これでは、ムシも寄りつかない。 ガラス張りの箱入り受験生だ。


家では、 母にめちゃめちゃ家事をやらされた。

しかも、忙しい受験生が手早く簡単に作るための料理を教えてくれるのだから、
徹底している。

お薦めは、タマゴの天ぷら。 熱した油にタマゴを割り入れるだけでいい。

油の中で、たちまち白身がプクプクと膨らんで、はじっこはカリカリに揚がる。

気を付けないといけないのは、タマゴの水分が、雷の様な音と共に
飛び散ることだ。 床が油でぬるぬるになる。

同時進行でご飯を炊く。 炊飯用の鍋は、火加減をいつも気にしていなければ
ならない。

母の躾の甲斐あって、これらのことを手順よく出来る様になっていた。

リンド夫人でさえ文句をつけなかっただろう。


大学に入れなかったら、すぐにでもに行けそうだった。

実際、 母は "企んでいた" のかもしれないが。



でも… 私には好きな人がいた。 想像の中の人なんだけど。


当時は「赤毛のアン」のページを開けもしなかったし、
忘れていたと言っていいくらい。

それなのに、グリーンゲーブルズに来る前のアンと、同じ事をしていたようだ。


想像上の友達をつくったのだ。 私の頭の中に、大好きな "誰か" がいた。

本を読んだらその感想を話し、 好きな音楽を一緒に聴いた。


ある時、その "誰か" に手紙を書いた。 ここまでくると普通じゃないけど…。

散歩する河原の、土手の下、 家もないのにポストがぽつんとたっている。

あのポストなら、 宛先のない手紙を届けてくれるかもしれない…


大丈夫。 投函するほど重傷ではなかった。


私は、瓶の中で発芽し続ける白い根に似ていた。

ヒヤシンスは地面に根を広げることはできず、とぐろを巻いて
瓶一杯に増殖していった。


大好きな "誰か" は、 私を広い世界に連れ出して、
夢を現実のものにしてくれる人だった。

その人は、どこかに必ずいると思っていた。

その人に守って貰わなければ、現実の世界では生きられないような
気がしていた。



発表は一人で見に行った。

ベニヤ板一枚に貼り付けられた模造紙一枚で、
辛かった一年の決着をつけられるのだ。


たばこでも買いに行くつもりでなきゃ、ショックに耐えられないわ。

私は不安を隠して、ぶらぶらと歩いて行った。

自販機を壁代わりにしてやっと建っている酒屋を過ぎ、
配給所の看板が未だに取り付けられたままになっている米屋の手前、
通用門から大学講内へ突入。



ところで、 意外にも、私の受験番号はあった。

  「わたし…受かったん?」 受かったらしいよ… なんで?

こんなに簡単に、合格者になっていいものなのかと、私は悩んだ。

ジョシー・パイなら一番で合格したように自慢するとこだが、
これは奇跡以外の、何かの間違いである。



いいえ、 間違っていたのは私の方。


あれから20年余りが過ぎ、私はあの日を思い出す度に、
何かやり残したことがあるような気がしていた。

こういう肝心な場面でどうするかが将来を決めるものだと思う。

大きな望みが叶えられた時は、心から喜ぶことだ。

そしてわき上がってくる思いに、 素直になることだ。


アンがした様に、心の底から感謝と願いをこめて祈ればよかったのだ。


遅ればせながら、私は祈る。 望みが叶えられたことに感謝すると。



でっ? ヒヤシンスは、咲いたかって?


2月の寒い朝に咲いているはずもなく、結局ヤツが咲く気になったのは
入学式の頃だった。

薄紫の豪華な花が目に浮かぶ。


それは、 大好きな "誰か" が贈ってくれたお祝いの花束だったんだと、
今頃になって気付いた。

カードまで添えられている。


「夢は夢見るためにあるのではなく、実現するためにある。」



posted by 片岡 よしこ at 08:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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