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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
勤め先の事務所の前は、通学路になっている。
午後3時を過ぎると、小学校のこども達が帰ってくる。
走ったり、手をつないだり、 じゃんけん負けたら鞄持ち。 賑やかだ。
こっちは後2時間も仕事だっていうのに、シャクにさわる。
実は、 この子達の小学校に、私も通っていた。
ハローワークでこの会社が目に留まったのは、こどもの頃住んでいた家に
近かったこともあった。
前の職場で、"身も心も疲れ切っていた私" は、 なつかしいこの町から
出直す気持ちで再就職を決めたのだ。
高いと思っていた小学校の塀が、「こんなに低かったかぁ〜?」 とまず驚いた。
通い慣れた道も、住んでいた長屋も、 箱庭の中にすっぽり収まっている。
これは… まるで、ガリバーだ。
仲良しだった木はどうなったかしら?
センスのかけらでもあれば、こんなブサイクに刈り込んだりしないのに… 残念。
水神祭りで賑わった小川のほとり、 夏になると橋の上から飛び込むこども達に
羨望の眼差しを送った私。
小川を隔てて向こう岸にいる、 同級生の窓の明かりが消えるのを見て、
おやすみを言った私。
お風呂屋さんからの帰り道、 落としてしまった宝物。
ガラス玉を入れたマッチ箱。
確か… この辺だったよなぁ…
落とした辺りを探そうとしたその時。
私は、はっと気が付いた。
40歳をとうに過ぎた"いい年"をして、 私って… まだこどものまま…
こどもの私が、何をどんな風に感じていたのかをはっきり憶えている。
なつかしい、この不安…。 こどもの時からの小さな不安。
母は私を受け入れてくれていたのだろうか。
期待通りにならなかったと思っていたのだろうか。
母の本音を聞かなければ、 私は箱庭の中をさまよい歩くだけ。
再スタートなんか切れるわけがない。
少女時代、 私は、母ほど素晴らしい人はいないと心底思っていた。
母のように何でも出来る人になるつもりだった。
強いて言えば母はマリラと似て、 ごきげんをとるのに骨は折れるし、
甘やかしてくれないのが不満だった。
"お嬢様育ちのマリラ" といった感じだった。
母は、 地方都市の駅前で運送業を営む、商家の四女として産まれた。
道楽者で遊び人の父親に代わって、母親が家業の切り盛りをしていたそうだ。
小さい時から言い出したら聞かない性格で、 随分我儘だったらしい。
琴、三味線、和裁、洋裁、習字、茶道…、 テニスまでやっていたらしい。
お菓子作りは修道院のシスターに教わったそうだ。
更に油絵が好きで、ちょっとした画家の画廊に通っていた。
自分の裸体を描いた油絵が、物置の壁に掛けられていた。
つまり…、 母は、お稽古事に明け暮れて、家事は一切出来なかった訳だ。
それでも彼女は、 家事全般を私に教えた。 "水泳" とほぼ同じやり方で。
彼女にとっては、家事も "お稽古事" のひとつだったのかもしれない。
本に書いてある基本通りに、「厳重に」教えられた。
覚えた事は、 私のお手伝いとしてきっちりと割り振られた。 情け容赦なく…
私はよく母を手伝った。 その年頃の子にしては上出来だったと思うが、
母は難しい顔して、粗探し。
私も気分が悪いが、 母は「あぁ〜 胃がいたい…」と、最悪に機嫌が悪い。
勇気を出して、 小学校の頃の日記を読んでみる。
誤字、脱字だらけの、 心の叫びだ。
おかあさんは、わかってくれない。 頑張ってるのに、怒るばかりする。
もう、 おかあさんのいうことなんかきかんから
そう言いながらも、私はあなたのいう事を聞いてきた。
でも、 もし言うこと聞かなくても、すごく悪い子でも、それでもいいと言ってくれる?
廊下の壁に掛かった母の絵に、私は訊ねてみる。
そう! そうです!
そんなに頑張らなくてもいいのよ、 よしこさん。
おかあさんだって… 結構しのぎがキビシかったのよ。
お嬢様育ちで、世の中を知らないでしょ?
実はね、 尋ねられたって知らないことの方が多くてね。
でも… 親としての威厳ってものがあるでしょ。
それに、 知らない、出来ない、とは言えない性格だから、
安請け合いしては後悔で胃が痛くなるわ…
あなたに腹を立てて怒ってるんじゃないから。 とにかく、胃が痛いのよ…
お稽古事して、一生安気に暮らしたいわぁ。
え〜っ?! そうだったんデスかぁ〜?!!
わかったよ、 おかあさん。
それなら、 そう言ってくれたら、 もっと愉快に話ができたのに。
私も、やはり親の子よ。 お稽古が大好き。
好きなことに夢中になって一生のんきに暮らせたら…、 いいわよねぇ…。
そうは問屋が卸さないのが、 人生よね…。
「あ〜 めんどくさい」 (二人でハモる)
天国のお母さん、 勝手に台詞を作りよって! …って、 怒ってる?
でも、 まんざらハズレでもないと思うわ。
どちらかというと、そんなおかあさんの方が人間らしくて好き。
だからさぁ…、 マリラ、 アンに言ってあげて…
「おまえを、愛しているよ。
口が裂けても言うつもりはなかったがね。」
No.31 『第31章 おかあさんもぶっちゃける』
勤め先の事務所の前は、通学路になっている。
午後3時を過ぎると、小学校のこども達が帰ってくる。
走ったり、手をつないだり、 じゃんけん負けたら鞄持ち。 賑やかだ。
こっちは後2時間も仕事だっていうのに、シャクにさわる。
実は、 この子達の小学校に、私も通っていた。
ハローワークでこの会社が目に留まったのは、こどもの頃住んでいた家に
近かったこともあった。
前の職場で、"身も心も疲れ切っていた私" は、 なつかしいこの町から
出直す気持ちで再就職を決めたのだ。
高いと思っていた小学校の塀が、「こんなに低かったかぁ〜?」 とまず驚いた。
通い慣れた道も、住んでいた長屋も、 箱庭の中にすっぽり収まっている。
これは… まるで、ガリバーだ。
仲良しだった木はどうなったかしら?
センスのかけらでもあれば、こんなブサイクに刈り込んだりしないのに… 残念。
水神祭りで賑わった小川のほとり、 夏になると橋の上から飛び込むこども達に
羨望の眼差しを送った私。
小川を隔てて向こう岸にいる、 同級生の窓の明かりが消えるのを見て、
おやすみを言った私。
お風呂屋さんからの帰り道、 落としてしまった宝物。
ガラス玉を入れたマッチ箱。
確か… この辺だったよなぁ…
落とした辺りを探そうとしたその時。
私は、はっと気が付いた。
40歳をとうに過ぎた"いい年"をして、 私って… まだこどものまま…
こどもの私が、何をどんな風に感じていたのかをはっきり憶えている。
なつかしい、この不安…。 こどもの時からの小さな不安。
母は私を受け入れてくれていたのだろうか。
期待通りにならなかったと思っていたのだろうか。
母の本音を聞かなければ、 私は箱庭の中をさまよい歩くだけ。
再スタートなんか切れるわけがない。
少女時代、 私は、母ほど素晴らしい人はいないと心底思っていた。
母のように何でも出来る人になるつもりだった。
強いて言えば母はマリラと似て、 ごきげんをとるのに骨は折れるし、
甘やかしてくれないのが不満だった。
"お嬢様育ちのマリラ" といった感じだった。
母は、 地方都市の駅前で運送業を営む、商家の四女として産まれた。
道楽者で遊び人の父親に代わって、母親が家業の切り盛りをしていたそうだ。
小さい時から言い出したら聞かない性格で、 随分我儘だったらしい。
琴、三味線、和裁、洋裁、習字、茶道…、 テニスまでやっていたらしい。
お菓子作りは修道院のシスターに教わったそうだ。
更に油絵が好きで、ちょっとした画家の画廊に通っていた。
自分の裸体を描いた油絵が、物置の壁に掛けられていた。
つまり…、 母は、お稽古事に明け暮れて、家事は一切出来なかった訳だ。
それでも彼女は、 家事全般を私に教えた。 "水泳" とほぼ同じやり方で。
彼女にとっては、家事も "お稽古事" のひとつだったのかもしれない。
本に書いてある基本通りに、「厳重に」教えられた。
覚えた事は、 私のお手伝いとしてきっちりと割り振られた。 情け容赦なく…
私はよく母を手伝った。 その年頃の子にしては上出来だったと思うが、
母は難しい顔して、粗探し。
私も気分が悪いが、 母は「あぁ〜 胃がいたい…」と、最悪に機嫌が悪い。
勇気を出して、 小学校の頃の日記を読んでみる。
誤字、脱字だらけの、 心の叫びだ。
おかあさんは、わかってくれない。 頑張ってるのに、怒るばかりする。
もう、 おかあさんのいうことなんかきかんから
そう言いながらも、私はあなたのいう事を聞いてきた。
でも、 もし言うこと聞かなくても、すごく悪い子でも、それでもいいと言ってくれる?
廊下の壁に掛かった母の絵に、私は訊ねてみる。
そう! そうです!
そんなに頑張らなくてもいいのよ、 よしこさん。
おかあさんだって… 結構しのぎがキビシかったのよ。
お嬢様育ちで、世の中を知らないでしょ?
実はね、 尋ねられたって知らないことの方が多くてね。
でも… 親としての威厳ってものがあるでしょ。
それに、 知らない、出来ない、とは言えない性格だから、
安請け合いしては後悔で胃が痛くなるわ…
あなたに腹を立てて怒ってるんじゃないから。 とにかく、胃が痛いのよ…
お稽古事して、一生安気に暮らしたいわぁ。
え〜っ?! そうだったんデスかぁ〜?!!
わかったよ、 おかあさん。
それなら、 そう言ってくれたら、 もっと愉快に話ができたのに。
私も、やはり親の子よ。 お稽古が大好き。
好きなことに夢中になって一生のんきに暮らせたら…、 いいわよねぇ…。
そうは問屋が卸さないのが、 人生よね…。
「あ〜 めんどくさい」 (二人でハモる)
天国のお母さん、 勝手に台詞を作りよって! …って、 怒ってる?
でも、 まんざらハズレでもないと思うわ。
どちらかというと、そんなおかあさんの方が人間らしくて好き。
だからさぁ…、 マリラ、 アンに言ってあげて…
「おまえを、愛しているよ。
口が裂けても言うつもりはなかったがね。」
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