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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.100 『第29章  海の夜明け』


  〜ギルバートはダイアナの結婚式に参列する為、
   アヴォンリーへ帰ってきました。

   時は移りゆき、人は変わり、アヴォンリーはさみしくなりました。

   ギルバートは、本当にクリスティーンと付き合っているのでしょうか。
   彼は、アンのことを諦めてはいない… そんな気がするのです。

   気付いていないのは、アンだけなのではないでしょうか。




21歳の夏休み。



"キヨコが暮らした島" を見たくてここにやって来たのだが、
なんだかガッカリしてしまった。


キヨコの知り合いだ、と島の人々に歓迎され、獲れたての魚料理なんぞを
ご馳走になり、お土産まで頂いてる場面を想像して、
良い気分になっていたのだが…

青いうわっぱりの女には、知らんぷりされてしまった。

頼みのミス・クセは岩場で転んだ時の打ち身のせいで、釣りは断念。

獲れたての魚のさしみは、幻と消えた。



田舎とは、住み心地がよいものとは言えないようだ。

田舎暮らしに憧れる人が増え、夢を叶えた人々の暮らしぶりが紹介されているが、
人付き合いに関する情報が少なすぎる。

良いことばかり書かれているが、本当のところはどうなんだろうか。

余所者は、しょせん余所者扱いしかされないような気がするのだ。



赤毛のアンの舞台であるアヴォンリーでも、余所者は変人扱いだ。

村の人々は余所から移って来たというだけで、色眼鏡で見る。

格好の "噂話の種" なのだ。


アンの家で家政婦をしているスーザンの言うには、 噂話やゴシップの情報を
知りたがるのは、まっとうな婦人である証拠なんだそうだ。

田舎暮らしを楽しんでいる人々の多くは、家族ぐるみで移り住んでいるようだ。

言い換えれば、一人では田舎暮らしは到底楽しめないと言うことなのだろう。

キヨコが毎夜、涙で枕を濡らしたのも判る気がする。


そう言えば、 島での楽しい思い出をキヨコから聞いたことがない。

辛い思いをしてまで、島に居たのは何のためだったんだろう…


私は、夜明け前に起きて海岸に出た。

海の夜明け、 空は徐々に日の光に溢れ、色づく。

波はまるで、生きて呼吸しているかのようだ。

だが、海は何も答えてはくれない。


佐竹がゆっくりと、波打ち際に向かって歩いている。

靴を波が取り囲み、一気にズボンの裾まで濡らしていく。

私は大声で佐竹を呼んだが、振り返らない。 心臓が少し震えた。

か ず ま ! 」 たまらなくなって、名前を呼んだ。

佐竹が振り向いた。 私の心臓はホッとする。

佐竹が私の所まで歩いて来る時間が、ひどく長く感じられた。

 「早起きでございますね」 

そうよ、 今日、帰るのだから。


 「お嬢様… 私は、かつてこの島に死ぬためにきたのでございます。
 岩場で引き揚げた "どざえもん" は私自身だったのだろうと思います。
 死ねば、私もあのような姿になったのですから。

 あの時キヨコ様に大声で怒鳴られ、お手伝いをし…
 気分が悪くなりまして… 死ぬ気が失せました


佐竹…、 意気地がなくてよかったわね


面目なさそうな佐竹の笑顔をみながら、私は思った。

何かの役に立ったかどうかなんて、ずっとずっと後にならなきゃ
判らないものなのだろう。

その場で結果の出ることは、その場で終わりなのだ。

いつ、何処で、何をしたかも忘れたような事が、 ずっと先になって
自分の知らない場所で花咲く。

そんな瞬間をこの目で見たいと思う。

口惜しくて、残念だけど、 そんなものなのかもしれない。
posted by 片岡 よしこ at 16:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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