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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜「わっ、わたし、あなたとは結婚できないわ… …できません…
…できないんです」
完璧なまでにロマンチックなロイのプロポーズに対する、
アンの答えは 「ノー」 でした。
「イエス」 を言うしかないこの崖っぷちで、アンはロイを
愛していないことに初めて気付いたのでした。〜
23歳。 春はまだ来ない。
埋め立てゴミを捨てに行ったことがある。
山を切り開いた巨大な穴に石積みの支柱が建てられ、穴の崖っぷちに立って
自分でゴミを投げ捨てる。
茶碗も洗面器もコッパ微塵に砕け飛ぶ。
穴の中にはそうして投げ入れられた生活用品が、豆粒の様に積み重なっている。
自分で "埋め立てる" ゴミと言った方が適切だろう。
生きていくと言うことは、ゴミを出し続けていくことなのだろう。
処分しなければ物は増え続けるし、同じ様に気持ちの整理がつかないでいると
新しい一歩を踏み出せず、迷いと不安に苛まれる。
「あなたって、燃えないゴミをいつまでも抱えてるみたいな人ね」
私がぐずぐずと "ヨシロー君" に未練たらしいから、
"ハル" に厳しい口調で言われたことがある。
ヨシロー君のことはきっぱりと忘れようと努力をしても、 "なかった事" には
出来なかった。
ヨシロー君をダンボールに入れて、丸ごと捨てるなんて…。
なにか残しておくべきものがあるはずだ。
捨てるという行為は、自分を否定することだと私は思う。
しかし、捨てずに持ち続けることも苦しかった。
卒業式の日。 賞状を学長から受け、学士となった証しに
"角帽" の房を左から右へ移した(右から左だったかも…)。
後輩に祝福の花束を貰って、記念写真に収まった。
それら一連の行事が終わり、私は埋め立て地の崖っぷちに立つ。
忘れてしまいたい事はかなり多い。 それは痛い目に遇った数だけあった。
まずは、 "ミッチ" に置いてきぼりにされた事件を投げ捨てた。
部活の運営に失敗した苦い思い出を、 全く受けなかった新聞記事を、
評価点 "良" だった卒論を…。
次々に投げ捨てた。
最後に "ヨシロー君" をダンボールに詰め込み、
弾みをつけて手を振り上げた、その時。
"何か" が降ってくるのを感じて、手を止めた。
私は崖っぷちで後ずさりしながら、感じていた。
「わっ、わたし、 ヨシロー君を愛してはいなかった、
これまで一度だって愛してはいなかった…」
私が愛していたのは、ヨシロー君を愛している自分自身だと、
はっきりと悟ったのだ。
こんなに好きなのだから好きになってくれと、押し付けていただけの関係。
それがわからず、勝手に追いかけ回した自分が恥ずかしかった。
ヨシロー君、よくこんな私に付き合ってくれたよね… ありがとうね…
ヨシロー君を助け出してあげようと、ダンボールを開けた。
そしたら箱は "もぬけのカラ" 。 ヨシロー君の姿は消えていた。
整理がつけば、自然と消えていくものなのだろうか…。
私はダンボール箱を空っぽのまま、穴に投げ捨てた。
この先、大学時代を思い出す度に避けて通れない苦い思い出を処分して、
清々したかって?
いいえ、 心とはそんなに簡単に忘れてくれるものではない。
どのような経験でも、 笑うべきものは笑い、笑って済ませられない事を
笑ってはいけないのだ。
そうでなければ、喉に刺さった小骨のようにいつまでも痛みを残す。
何ひとつ無かった事にはできないのだ。
あの時捨てたゴミを拾い出しては、ときどき整理をつけている。
私は "自分を肯定して生きる事" を、学び始めたのだ。
No.109 『第38章 崖っぷち』
〜「わっ、わたし、あなたとは結婚できないわ… …できません…
…できないんです」
完璧なまでにロマンチックなロイのプロポーズに対する、
アンの答えは 「ノー」 でした。
「イエス」 を言うしかないこの崖っぷちで、アンはロイを
愛していないことに初めて気付いたのでした。〜
23歳。 春はまだ来ない。
埋め立てゴミを捨てに行ったことがある。
山を切り開いた巨大な穴に石積みの支柱が建てられ、穴の崖っぷちに立って
自分でゴミを投げ捨てる。
茶碗も洗面器もコッパ微塵に砕け飛ぶ。
穴の中にはそうして投げ入れられた生活用品が、豆粒の様に積み重なっている。
自分で "埋め立てる" ゴミと言った方が適切だろう。
生きていくと言うことは、ゴミを出し続けていくことなのだろう。
処分しなければ物は増え続けるし、同じ様に気持ちの整理がつかないでいると
新しい一歩を踏み出せず、迷いと不安に苛まれる。
「あなたって、燃えないゴミをいつまでも抱えてるみたいな人ね」
私がぐずぐずと "ヨシロー君" に未練たらしいから、
"ハル" に厳しい口調で言われたことがある。
ヨシロー君のことはきっぱりと忘れようと努力をしても、 "なかった事" には
出来なかった。
ヨシロー君をダンボールに入れて、丸ごと捨てるなんて…。
なにか残しておくべきものがあるはずだ。
捨てるという行為は、自分を否定することだと私は思う。
しかし、捨てずに持ち続けることも苦しかった。
卒業式の日。 賞状を学長から受け、学士となった証しに
"角帽" の房を左から右へ移した(右から左だったかも…)。
後輩に祝福の花束を貰って、記念写真に収まった。
それら一連の行事が終わり、私は埋め立て地の崖っぷちに立つ。
忘れてしまいたい事はかなり多い。 それは痛い目に遇った数だけあった。
まずは、 "ミッチ" に置いてきぼりにされた事件を投げ捨てた。
部活の運営に失敗した苦い思い出を、 全く受けなかった新聞記事を、
評価点 "良" だった卒論を…。
次々に投げ捨てた。
最後に "ヨシロー君" をダンボールに詰め込み、
弾みをつけて手を振り上げた、その時。
"何か" が降ってくるのを感じて、手を止めた。
私は崖っぷちで後ずさりしながら、感じていた。
「わっ、わたし、 ヨシロー君を愛してはいなかった、
これまで一度だって愛してはいなかった…」
私が愛していたのは、ヨシロー君を愛している自分自身だと、
はっきりと悟ったのだ。
こんなに好きなのだから好きになってくれと、押し付けていただけの関係。
それがわからず、勝手に追いかけ回した自分が恥ずかしかった。
ヨシロー君、よくこんな私に付き合ってくれたよね… ありがとうね…
ヨシロー君を助け出してあげようと、ダンボールを開けた。
そしたら箱は "もぬけのカラ" 。 ヨシロー君の姿は消えていた。
整理がつけば、自然と消えていくものなのだろうか…。
私はダンボール箱を空っぽのまま、穴に投げ捨てた。
この先、大学時代を思い出す度に避けて通れない苦い思い出を処分して、
清々したかって?
いいえ、 心とはそんなに簡単に忘れてくれるものではない。
どのような経験でも、 笑うべきものは笑い、笑って済ませられない事を
笑ってはいけないのだ。
そうでなければ、喉に刺さった小骨のようにいつまでも痛みを残す。
何ひとつ無かった事にはできないのだ。
あの時捨てたゴミを拾い出しては、ときどき整理をつけている。
私は "自分を肯定して生きる事" を、学び始めたのだ。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜アンは英文学で、 "最優等" をとりました。
卒業式の日。
ロイが贈ったスミレではなく、アンはスズランの花を胸に飾ります。
6月のアヴォンリーを想い起こさせるスズランは、
卒業の日にふさわしいと思われたのです。
それは… ギルバートから届けられた花束でした。
ギルバートがクリスティーンと婚約するという噂は本当なのでしょうか。
アンとギルバートは結ばれると定められているはずなのに…〜
23歳の春。
「4年の大学生活で何を学ばれましたか、お嬢様」
"佐竹" は、ジェムジーナおばさまと同じ質問をした。
振り返れば… 痛い目に遇い続けた4年間だった。
痛い経験を積みながら、私はひとつの事を学んだと言える。
"小さな傷は笑いに変え、大きな傷には泣きながら、
これで人間がデキる前兆だと思うこと"。
それは、これからもっと痛い目に遭ってもくじけないよう、
私に与えられた知恵だった。
だが、笑う事も泣く事もできない傷もあるものだ。
全て無かった事にしてしまいたい、 そんな出来事だってあるのだ。
"ミッチ" の彼 "和宮"は医学生で、一戸建ての家を借りている。
ある日、卒業の決まったミッチと私は彼の家に招待され、お酒でも飲んで
卒業祝いをしよう、ということになった。
彼の友人二人も交えて、パーティーになった。
ミッチは九州に帰ることが決まり、彼との関係に決着を付けかねていた。
ミッチと彼の辺りには、なんとなく険悪なムードが漂っている。
しかし私が思うに、 彼がミッチに結婚を申し込むのは、
ラクダが針の穴を通り抜けるより更に難しい。
なんとなく盛り上がり切らない空気の中で、私はかなり酔っていた。
よせばいいのに、 アリストテレスの言語哲学について、
医大生に向かって語りまくって…
そのうち脳ミソがまわらなくなり、完全に停止。
そのまま倒れ込むように眠ってしまった。
気が付くと、布団の中。
気配を感じて右を見ると、オトコが寝ている。
左を向くと… やっ、やっぱりオトコが寝ている。
目が覚めたら右も左も崖っぷち、とは、まさにこの事。
二人のオトコ達は服を着たまま、アホ面で寝ている。
思わず自分のカラダを確認する。
よかったぁ… 服着てる… パンツもはいてる…
私はオトコ達を起こさぬように、そろそろと布団から出ようとしたが、
運悪く二人のオトコ達が目を開けた。
そして、私をまた布団に引っ張り込もうと絡まってきた。
なにすんのよ!
私は崖っぷちに強い。 いや、強くなった。
「私は帰ります」
毅然とした態度で身なりを整えていると、オトコ達が来て、
「なんにもしないから、泊まっていけよ」などと、白々しい台詞。
信用するもんですか。
「和宮さんに送ってもらいます」
「あいつなら、彼女を送って行ったぜ。 帰って来ないんじゃないかな」
私は愕然とした。
信じられんことにミッチは私を置いて行った… 私はほっとかれた…
「ミッチのやつ、ぶん殴ってやる」
私は最悪の場面でこそ、運がいいようだ。
玄関先で押し問答をしているところに、 ノートを借りに見知らぬ大学生が
やって来たのだ。
私にはこの男が天の助けに思えた。
すばやく彼の背中の後ろに身を隠すと、
「家まで送って下さい。 お願い」
せっぱ詰まった私の気持ちとその場の空気を、彼は感じ取ったのだろう。
彼は私を助け出してくれただけでなく、私の怒りに共感。
「和宮もだらしない男だが、彼女もひどい女だなぁ。
よっしゃ、世直しだ!」
名前も知らない "その男" と私は、ミッチの下宿に殴り込みをかけた。
あの時の二人の驚いた顔ったらなかったわ。
勿論、ミッチには絶交を言い渡してやった。
名無しの男は黙って和宮を睨み付け、私の援護をしてくれた。
このお話の一番肝心な所は、 最後の最後にある。
名無しの男は、私の家の前に車を駐めると口を開いた。
「きみは真面目な子なんだから、あんな連中と付き合ってはいけないよ。
連中はきみが想像できないくらい汚いんだ。 二度とあの家には行くなよ」
緊張していた心が一度に緩んで、私は泣いた。
そして、 彼の車が見えなくなってから気付いた。
何処の誰かも、 名前さえ聞いていない…
でもこの事は本当に忘れてしまいたい、 私はそう思った。
彼の名前も知らぬままに、 "全て無かった事" にしてしまおう。
私はそう決めていた。
No.108 『第37章 苦い思い出』
〜アンは英文学で、 "最優等" をとりました。
卒業式の日。
ロイが贈ったスミレではなく、アンはスズランの花を胸に飾ります。
6月のアヴォンリーを想い起こさせるスズランは、
卒業の日にふさわしいと思われたのです。
それは… ギルバートから届けられた花束でした。
ギルバートがクリスティーンと婚約するという噂は本当なのでしょうか。
アンとギルバートは結ばれると定められているはずなのに…〜
23歳の春。
「4年の大学生活で何を学ばれましたか、お嬢様」
"佐竹" は、ジェムジーナおばさまと同じ質問をした。
振り返れば… 痛い目に遇い続けた4年間だった。
痛い経験を積みながら、私はひとつの事を学んだと言える。
"小さな傷は笑いに変え、大きな傷には泣きながら、
これで人間がデキる前兆だと思うこと"。
それは、これからもっと痛い目に遭ってもくじけないよう、
私に与えられた知恵だった。
だが、笑う事も泣く事もできない傷もあるものだ。
全て無かった事にしてしまいたい、 そんな出来事だってあるのだ。
"ミッチ" の彼 "和宮"は医学生で、一戸建ての家を借りている。
ある日、卒業の決まったミッチと私は彼の家に招待され、お酒でも飲んで
卒業祝いをしよう、ということになった。
彼の友人二人も交えて、パーティーになった。
ミッチは九州に帰ることが決まり、彼との関係に決着を付けかねていた。
ミッチと彼の辺りには、なんとなく険悪なムードが漂っている。
しかし私が思うに、 彼がミッチに結婚を申し込むのは、
ラクダが針の穴を通り抜けるより更に難しい。
なんとなく盛り上がり切らない空気の中で、私はかなり酔っていた。
よせばいいのに、 アリストテレスの言語哲学について、
医大生に向かって語りまくって…
そのうち脳ミソがまわらなくなり、完全に停止。
そのまま倒れ込むように眠ってしまった。
気が付くと、布団の中。
気配を感じて右を見ると、オトコが寝ている。
左を向くと… やっ、やっぱりオトコが寝ている。
目が覚めたら右も左も崖っぷち、とは、まさにこの事。
二人のオトコ達は服を着たまま、アホ面で寝ている。
思わず自分のカラダを確認する。
よかったぁ… 服着てる… パンツもはいてる…
私はオトコ達を起こさぬように、そろそろと布団から出ようとしたが、
運悪く二人のオトコ達が目を開けた。
そして、私をまた布団に引っ張り込もうと絡まってきた。
なにすんのよ!
私は崖っぷちに強い。 いや、強くなった。
「私は帰ります」
毅然とした態度で身なりを整えていると、オトコ達が来て、
「なんにもしないから、泊まっていけよ」などと、白々しい台詞。
信用するもんですか。
「和宮さんに送ってもらいます」
「あいつなら、彼女を送って行ったぜ。 帰って来ないんじゃないかな」
私は愕然とした。
信じられんことにミッチは私を置いて行った… 私はほっとかれた…
「ミッチのやつ、ぶん殴ってやる」
私は最悪の場面でこそ、運がいいようだ。
玄関先で押し問答をしているところに、 ノートを借りに見知らぬ大学生が
やって来たのだ。
私にはこの男が天の助けに思えた。
すばやく彼の背中の後ろに身を隠すと、
「家まで送って下さい。 お願い」
せっぱ詰まった私の気持ちとその場の空気を、彼は感じ取ったのだろう。
彼は私を助け出してくれただけでなく、私の怒りに共感。
「和宮もだらしない男だが、彼女もひどい女だなぁ。
よっしゃ、世直しだ!」
名前も知らない "その男" と私は、ミッチの下宿に殴り込みをかけた。
あの時の二人の驚いた顔ったらなかったわ。
勿論、ミッチには絶交を言い渡してやった。
名無しの男は黙って和宮を睨み付け、私の援護をしてくれた。
このお話の一番肝心な所は、 最後の最後にある。
名無しの男は、私の家の前に車を駐めると口を開いた。
「きみは真面目な子なんだから、あんな連中と付き合ってはいけないよ。
連中はきみが想像できないくらい汚いんだ。 二度とあの家には行くなよ」
緊張していた心が一度に緩んで、私は泣いた。
そして、 彼の車が見えなくなってから気付いた。
何処の誰かも、 名前さえ聞いていない…
でもこの事は本当に忘れてしまいたい、 私はそう思った。
彼の名前も知らぬままに、 "全て無かった事" にしてしまおう。
私はそう決めていた。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜ロイ・ガードナーの母親が二人の娘達を連れて、
パティーの家にやって来ました。
ロイの結婚相手としての、アンの品定めをするためです。
土曜日に来るはずが、断りもなく金曜日にやって来るような
自分勝手な人達のようです。
家族に会わせるということは、ロイがアンに結婚を申し込むのは
時間の問題でしょう。
アン…、 本当にこれでいいの?〜
22歳と言えば、もう大人。
結局私は、4年間の大学生活で両想いの相手と出会うことはなかった。
卒論に取り掛かってからは、女友達とさえ出歩くこともなく、
図書館と自宅を往復するだけの生活が続いた。
アンがロイに出会ったのは、急に降り出した雨の日だった。
アンの傘が突風でめくれあがったその時、ロイが現れて傘を差し掛けてくれたのだ。
しかし、 ずぶ濡れて雨宿りする私は、一人で雨が止むのを待つしかなかった。
恋する夢も、憧れも、 叶わないで終わってしまうのかと思うと、
自由な大学生活で大損をしたような気になってしまう。
何らかの行動を起こさない限り、人生は停滞したままなのだ。
時には間がさして、無茶な事を何度もしでかした。
ある夜、コンパで知り合った大学生に誘われるまま、車に乗った。
彼は、海の見える高台に私を連れて行った。
かなり危険だとわかっていたが、帰る気にならなかったのだ。
夜の "田舎の海" が、ロマンチックにはほど遠いことも知っていた。
ただ真っ暗で、そこが海なのか大きな穴なのか、不気味なだけだ。
それは私の孤独が呼んだ "落とし穴" だったのかもしれない。
彼がいきなり私を抱き寄せて、唇に吸い付いてきた。
なっ、なにをするんだ!
しかし、私は抵抗するのが怖かった。 そしたら、厚かましく舌まで入れて来る。
お〜 いやだ、こんなの最低のキスだわ… タコみたいなヤツ…
私の軽率さが招いた最大のピンチに、これまでの人生をかけて
学んできたこと以上のことを知る瞬間が訪れた。
「この人を好きにはなれない」
好きでもない男と一緒に、こんな所に来てはいけなかったのだ。
しかし、ここから脱出する方法は誰も教えてはくれない。
この時の私の行動は、本能としか言いようがない。
私は恥じらっている風を装いながら、優しく彼を振りほどいた。
ここは暗くて恐ろしいとか、夜風が冷たいとか、靴擦れが痛いとか…。
ありとあらゆる口実をでっちあげて、家に帰りたいと訴えたのだ。
この男の体に触れるのもゾッとしたが、彼の手を取って車まで連れて行った。
ヘタレな私同様、彼の方もヘタレだったのだろう。
もしヤツがその気なら、ホテルに連れ込まれたって不思議ではないのだが、
悪運の強い私は、無事に家にたどり着いたのだった。
その夜、私はひどい気分だった。
本当に好きだった "ヨシロー君" には指一本触れられず、 "亀" とは
友達以上にはなれないとわかってしまった。
そしてとうとう、なんとも想っていない男とキスするオンナになっちまった…
とほほ…
「野良犬に噛まれたと思って忘れるのよ…」
そう呟きながらシャワーを浴びる、テレビのワンシーンを思い出したが、
シャワー浴びたくらいでチャラにはならないものよ。
忘れるよりは、そこから学べっていうのが私のやり方。
どうやら私は、危ない崖っぷちに立たされて初めて、事の重大性を理解する
大バカヤロウのようだ。
本当に好きかどうかも、抜き差しならなくなってやっと分かるタイプなのだ。
土壇場に立たされなければ、本当の自分の心を悟れないなんて、
この先が思いやられるわぁ…
私は自分が少々気の毒になり、今夜の事は大目に見てやろうという気持ちに
なっていた。
自分で自分を責めた後は、許してあげなくちゃ。
誰が私を許してくれるというのよ。
No.107 『第36章 オオバカヤロウの私』
〜ロイ・ガードナーの母親が二人の娘達を連れて、
パティーの家にやって来ました。
ロイの結婚相手としての、アンの品定めをするためです。
土曜日に来るはずが、断りもなく金曜日にやって来るような
自分勝手な人達のようです。
家族に会わせるということは、ロイがアンに結婚を申し込むのは
時間の問題でしょう。
アン…、 本当にこれでいいの?〜
22歳と言えば、もう大人。
結局私は、4年間の大学生活で両想いの相手と出会うことはなかった。
卒論に取り掛かってからは、女友達とさえ出歩くこともなく、
図書館と自宅を往復するだけの生活が続いた。
アンがロイに出会ったのは、急に降り出した雨の日だった。
アンの傘が突風でめくれあがったその時、ロイが現れて傘を差し掛けてくれたのだ。
しかし、 ずぶ濡れて雨宿りする私は、一人で雨が止むのを待つしかなかった。
恋する夢も、憧れも、 叶わないで終わってしまうのかと思うと、
自由な大学生活で大損をしたような気になってしまう。
何らかの行動を起こさない限り、人生は停滞したままなのだ。
時には間がさして、無茶な事を何度もしでかした。
ある夜、コンパで知り合った大学生に誘われるまま、車に乗った。
彼は、海の見える高台に私を連れて行った。
かなり危険だとわかっていたが、帰る気にならなかったのだ。
夜の "田舎の海" が、ロマンチックにはほど遠いことも知っていた。
ただ真っ暗で、そこが海なのか大きな穴なのか、不気味なだけだ。
それは私の孤独が呼んだ "落とし穴" だったのかもしれない。
彼がいきなり私を抱き寄せて、唇に吸い付いてきた。
なっ、なにをするんだ!
しかし、私は抵抗するのが怖かった。 そしたら、厚かましく舌まで入れて来る。
お〜 いやだ、こんなの最低のキスだわ… タコみたいなヤツ…
私の軽率さが招いた最大のピンチに、これまでの人生をかけて
学んできたこと以上のことを知る瞬間が訪れた。
「この人を好きにはなれない」
好きでもない男と一緒に、こんな所に来てはいけなかったのだ。
しかし、ここから脱出する方法は誰も教えてはくれない。
この時の私の行動は、本能としか言いようがない。
私は恥じらっている風を装いながら、優しく彼を振りほどいた。
ここは暗くて恐ろしいとか、夜風が冷たいとか、靴擦れが痛いとか…。
ありとあらゆる口実をでっちあげて、家に帰りたいと訴えたのだ。
この男の体に触れるのもゾッとしたが、彼の手を取って車まで連れて行った。
ヘタレな私同様、彼の方もヘタレだったのだろう。
もしヤツがその気なら、ホテルに連れ込まれたって不思議ではないのだが、
悪運の強い私は、無事に家にたどり着いたのだった。
その夜、私はひどい気分だった。
本当に好きだった "ヨシロー君" には指一本触れられず、 "亀" とは
友達以上にはなれないとわかってしまった。
そしてとうとう、なんとも想っていない男とキスするオンナになっちまった…
とほほ…
「野良犬に噛まれたと思って忘れるのよ…」
そう呟きながらシャワーを浴びる、テレビのワンシーンを思い出したが、
シャワー浴びたくらいでチャラにはならないものよ。
忘れるよりは、そこから学べっていうのが私のやり方。
どうやら私は、危ない崖っぷちに立たされて初めて、事の重大性を理解する
大バカヤロウのようだ。
本当に好きかどうかも、抜き差しならなくなってやっと分かるタイプなのだ。
土壇場に立たされなければ、本当の自分の心を悟れないなんて、
この先が思いやられるわぁ…
私は自分が少々気の毒になり、今夜の事は大目に見てやろうという気持ちに
なっていた。
自分で自分を責めた後は、許してあげなくちゃ。
誰が私を許してくれるというのよ。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜「生きていて、いったいなんになるの? アン?」
ステラがアンにグチをこぼしました。
アンの答えはいつも通り立派だわ。
でも、憂鬱な雨の夜には、 心は響き合うのを忘れてしまうようです。
ごもっともな答えではなく、ステラはアンの本音を聞きたかったのよ。〜
22歳ともなれば、もう大人。
4年生になり、卒論で忙しくなった。
ミッチやミス・クセの下宿に入り浸って、オトコの話で暇を潰す事もなくなった。
夜遅くまで勉強していると、これが何になるんだろうと何度も考えてしまう。
そりゃ、できることなら立派な卒論を書いて褒められたいが、
私の脳ミソじゃ無理なのは明白。
とにかく、提出することに意義があるのだ。
卒業させてもらうにはとりあえず、卒論をやっつけねばならないと、
私は自分に言い聞かせる。
しかし、蒸し暑い雨の夜、 煮詰まった頭で私は悩んでしまう。
これが何になるんだろう…
立派な業績を残した、偉大な学者達の考えをただコピーしているだけだ。
新しい論理はおろか、自分の解釈で光をあてるなんて… 夢のまた夢。
頭が疲れると、学生バンドのライブに私はたびたび足を運んだ。
忘れようとしても思い出される卒論の事… ストレスのせいか、舌がヒリヒリする。
脳ミソが痺れる音量は、そんなウサを忘れさせてくれるからだ。
ところが今夜のバンドは… ほんとに、まぁ、 あまりにひど過ぎる。
これでは逆にウサが溜まってしまう。
オリジナル曲をやるバンドはなく、ほとんどは好きなバンドや曲のコピーだ。
そういうのに限って、まず自分が楽しんで演る事をモットーにしている、
などと平気で言うから腹が立つ。
ハモらないビートルズや、音がデカイだけのロックを聴かされる身にも
なってくれや…。
この人達は自分が楽しめればいいのであって、これが何になるのかと
自分に問う事もなく、苦しむこともないのだろう。
設備もミキサーもボロのライブハウス。 それに見合ったバンドの迷演奏。
この暑いのに、エアコンはダウンする始末。
機材と照明と出演者の熱気でむせ返る中、店のマスターは涼しい顔で打ち水を
始めたが、窓際の客はびしょ濡れ。 それが汗のせいか、打ち水なのか…。
マスターは苦笑しながら、演奏中の必死の面々には目もくれず、
ステージ前の床をのんびり拭き始めた。
あんまり見られん絵よなぁ…
ビートルズのコピーバンドは、最初のコーラスの第一声からハモれていない。
それ以前に声が潰れ、メロディーになっていない。
そして最後まで、 とうとうハモリは聴けなかった。
ヘビメタバンドは… リズムはおろか、チューニングさえ合っていない。
聴いている方が "ヘビー" だ。
弾けないんなら、せめて最後はギターをブチ壊して、大暴れしてよ。
そしてそれを最後に、音楽はヤメて学業に専念して…。 お願いだから…
私は耐えられなくなって、外に出た。
"佐竹" は、軽く耳栓をしているから平気で居られるのだ。
「名曲は誰がやっても名曲でございますよ。 迷演奏の名曲でございます」
と、一人でウケている。
私は、アンのご立派な見解を思い出していた。
数々の名曲を生み出した、偉大なるビートルズ。
彼らの曲をコピーすることで、彼らが創り上げた音楽や感じ方を引き継いで
いけるのだから、 迷演奏にも価値があるってことかしら…
いや、そうではないらしい。
「お嬢様! ご覧下さいませ!」
佐竹が爆笑している。
「本気で唄っておられるのに、ぜんぜんハモっておりませんよ。
いやぁ〜 来て良かった。 こんなに笑わせてもらえるとは…
この世に笑いがある限り、生きている甲斐があったというものでございます」
そんな佐竹の "一言" で、私はどうにか "ヘビー" な気持ちを持ち帰ることなく、
むしろ、何かしらほっとした気持ちで家に帰り着いたのだった。
確かに… 何事も笑いに変える能力は、価値無きごときものに価値を見出すのだ。
そういう自分だって、なんぼのモンなんよ〜 って、自分を笑える事。
思い通りにはならない人生を生き抜く知恵とは、 笑って切りぬける、
ってことなのだ。
笑ってもらえるような卒論を書いて卒業しよう。
私はほっと肩の力を抜いた。
No.106 『第35章 笑い』
〜「生きていて、いったいなんになるの? アン?」
ステラがアンにグチをこぼしました。
アンの答えはいつも通り立派だわ。
でも、憂鬱な雨の夜には、 心は響き合うのを忘れてしまうようです。
ごもっともな答えではなく、ステラはアンの本音を聞きたかったのよ。〜
22歳ともなれば、もう大人。
4年生になり、卒論で忙しくなった。
ミッチやミス・クセの下宿に入り浸って、オトコの話で暇を潰す事もなくなった。
夜遅くまで勉強していると、これが何になるんだろうと何度も考えてしまう。
そりゃ、できることなら立派な卒論を書いて褒められたいが、
私の脳ミソじゃ無理なのは明白。
とにかく、提出することに意義があるのだ。
卒業させてもらうにはとりあえず、卒論をやっつけねばならないと、
私は自分に言い聞かせる。
しかし、蒸し暑い雨の夜、 煮詰まった頭で私は悩んでしまう。
これが何になるんだろう…
立派な業績を残した、偉大な学者達の考えをただコピーしているだけだ。
新しい論理はおろか、自分の解釈で光をあてるなんて… 夢のまた夢。
頭が疲れると、学生バンドのライブに私はたびたび足を運んだ。
忘れようとしても思い出される卒論の事… ストレスのせいか、舌がヒリヒリする。
脳ミソが痺れる音量は、そんなウサを忘れさせてくれるからだ。
ところが今夜のバンドは… ほんとに、まぁ、 あまりにひど過ぎる。
これでは逆にウサが溜まってしまう。
オリジナル曲をやるバンドはなく、ほとんどは好きなバンドや曲のコピーだ。
そういうのに限って、まず自分が楽しんで演る事をモットーにしている、
などと平気で言うから腹が立つ。
ハモらないビートルズや、音がデカイだけのロックを聴かされる身にも
なってくれや…。
この人達は自分が楽しめればいいのであって、これが何になるのかと
自分に問う事もなく、苦しむこともないのだろう。
設備もミキサーもボロのライブハウス。 それに見合ったバンドの迷演奏。
この暑いのに、エアコンはダウンする始末。
機材と照明と出演者の熱気でむせ返る中、店のマスターは涼しい顔で打ち水を
始めたが、窓際の客はびしょ濡れ。 それが汗のせいか、打ち水なのか…。
マスターは苦笑しながら、演奏中の必死の面々には目もくれず、
ステージ前の床をのんびり拭き始めた。
あんまり見られん絵よなぁ…
ビートルズのコピーバンドは、最初のコーラスの第一声からハモれていない。
それ以前に声が潰れ、メロディーになっていない。
そして最後まで、 とうとうハモリは聴けなかった。
ヘビメタバンドは… リズムはおろか、チューニングさえ合っていない。
聴いている方が "ヘビー" だ。
弾けないんなら、せめて最後はギターをブチ壊して、大暴れしてよ。
そしてそれを最後に、音楽はヤメて学業に専念して…。 お願いだから…
私は耐えられなくなって、外に出た。
"佐竹" は、軽く耳栓をしているから平気で居られるのだ。
「名曲は誰がやっても名曲でございますよ。 迷演奏の名曲でございます」
と、一人でウケている。
私は、アンのご立派な見解を思い出していた。
数々の名曲を生み出した、偉大なるビートルズ。
彼らの曲をコピーすることで、彼らが創り上げた音楽や感じ方を引き継いで
いけるのだから、 迷演奏にも価値があるってことかしら…
いや、そうではないらしい。
「お嬢様! ご覧下さいませ!」
佐竹が爆笑している。
「本気で唄っておられるのに、ぜんぜんハモっておりませんよ。
いやぁ〜 来て良かった。 こんなに笑わせてもらえるとは…
この世に笑いがある限り、生きている甲斐があったというものでございます」
そんな佐竹の "一言" で、私はどうにか "ヘビー" な気持ちを持ち帰ることなく、
むしろ、何かしらほっとした気持ちで家に帰り着いたのだった。
確かに… 何事も笑いに変える能力は、価値無きごときものに価値を見出すのだ。
そういう自分だって、なんぼのモンなんよ〜 って、自分を笑える事。
思い通りにはならない人生を生き抜く知恵とは、 笑って切りぬける、
ってことなのだ。
笑ってもらえるような卒論を書いて卒業しよう。
私はほっと肩の力を抜いた。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
No.105 『第34章 赤白水玉のお稽古かばん』
〜ジョンの母親が亡くなりました。 そして、真相が明らかにされたのです。
なんてクソババアなんでしょう。
息子を誰にも渡したくないからって、ジャネットに
結婚を申し込まないことを誓わせるなんて。
余命半年のはずが、結局20年近く生き永らえたものだから、
ジョンも辛かったでしょうが…
ジャネットも、余程ジョンの事が好きだったのね。〜
22歳ともなれば、もう大人。
15年、 かなり長いと言っていい年月だ。
その間 "一度だけしか洗濯していない" キルティングの手提げバッグは、
結構カワイイと褒められる事が多い。
それも、何故か皆オトコだ。
両端のどちらからでもファスナーでパックリ開閉できるようになっていて、
ピアノの教則本がすっぽり入るので、初めはお稽古かばんに使っていた。
柄は、赤地に白い水玉模様。 …なんて、もしこれが服なら派手過ぎる。
これを着こなせるのはミッキーマウスの "オンナ" のミニーと、
オールディーズバンドの老けたポニーテールくらいのものかしら…
通学には大きな黒いバッグ。 春も夏もコイツだけ。
それ以外は赤白水玉。 正直くたびれて、色も褪せている。
バーゲンを見る度に心が動くが、 新しいのを買ったらこの "赤白水玉の子" は
どうなるのか?
きっと私は、この子を捨てちゃうに違いない。
いや… 何でも捨てて始末するのが大好きだから、ゼッタイ捨てるだろう。
店頭で新しいバッグを右肩に、赤白水玉を左肩に…、 鏡の前で見比べて、
ため息と共に、新しい方を棚に戻す。
新しいのと入れ替えに "この子" を捨てる自分に、気が滅入ってしまうのだ。
ある時。 "ゴウコン" に、赤白水玉を下げて行った。
他の女の子達は、普通に流行のデザインとかブランドものとかをお伴に
めかし込んでるから、私みたいな赤白水玉は無視されるどころか、 評価外" だ。
「かわいいカバンですね」
男の子のうちの一人に言われたが、私にはわかってる。
これって、褒められてんじゃないからねぇ。
つまり、大学生が "赤白水玉のお稽古かばん" ですかぁ、ってことで…。
喜んでる場合じゃないのに、 やっぱ… オトコ受けいいんだわ…
わかっていても、内心私は嬉しい。
長く付き合ってきたものを捨てるには、それなりにちゃ〜んとした理由が要る。
引っ掛けてバリッと破れるとか、お弁当に入れたオカズの煮汁がこっぴどく
こびりつくとか、 加えて、こぼれた煮汁の魚臭さが抜けないとか…
そんな決定的な事でも起こらない限り、新しいのに変えられない。
だが… そうなったらなったで、私は自責の念に駆られて落ち込むだろう。
赤白水玉のバッグが好きでたまらん訳ではない。
使いものになる間は決して捨てない、と約束しているのでもない。
むしろ新しいバッグが欲しいと考えるのは自然なことだし、
取っ替えるのも私の自由だ。
日頃から目星をつけているものが何点かあるのだが、本当は買う気など全くない。
10年以上も同じバッグを持ち続けると、違うバッグがある事など
考えられなくなるものなのだ。
それでも人は変わる。
「新しい葡萄酒は新しい皮袋にいれろ」 っていうでしょ。
新しい葡萄酒は、古い皮袋を破いてしまうから。
でもね、 "まぁいいや まだ使えるから" と、新しい葡萄酒を古い袋に
いれちゃうのよ、 私は。
そして、 破けて初めて、赤白水玉が似合わないオンナになったと気付く。
お気に入りと言う訳でもないのに、新しいのに変えられない。
それはやはり、 私は "赤白水玉" のバッグを愛しているのだ。
もしかすると… 愛するとは、捨てる理由が見つからないことなのかもしれない。
次が見つかればそれで良い、というものでもない。
捨てられないから、見つけられないのだ。 それが愛というものなのだから。
"愛する" とは、 自分から相手を捨てることができないってことなのだ。
なんてクソババアなんでしょう。
息子を誰にも渡したくないからって、ジャネットに
結婚を申し込まないことを誓わせるなんて。
余命半年のはずが、結局20年近く生き永らえたものだから、
ジョンも辛かったでしょうが…
ジャネットも、余程ジョンの事が好きだったのね。〜
22歳ともなれば、もう大人。
15年、 かなり長いと言っていい年月だ。
その間 "一度だけしか洗濯していない" キルティングの手提げバッグは、
結構カワイイと褒められる事が多い。
それも、何故か皆オトコだ。
両端のどちらからでもファスナーでパックリ開閉できるようになっていて、
ピアノの教則本がすっぽり入るので、初めはお稽古かばんに使っていた。
柄は、赤地に白い水玉模様。 …なんて、もしこれが服なら派手過ぎる。
これを着こなせるのはミッキーマウスの "オンナ" のミニーと、
オールディーズバンドの老けたポニーテールくらいのものかしら…
通学には大きな黒いバッグ。 春も夏もコイツだけ。
それ以外は赤白水玉。 正直くたびれて、色も褪せている。
バーゲンを見る度に心が動くが、 新しいのを買ったらこの "赤白水玉の子" は
どうなるのか?
きっと私は、この子を捨てちゃうに違いない。
いや… 何でも捨てて始末するのが大好きだから、ゼッタイ捨てるだろう。
店頭で新しいバッグを右肩に、赤白水玉を左肩に…、 鏡の前で見比べて、
ため息と共に、新しい方を棚に戻す。
新しいのと入れ替えに "この子" を捨てる自分に、気が滅入ってしまうのだ。
ある時。 "ゴウコン" に、赤白水玉を下げて行った。
他の女の子達は、普通に流行のデザインとかブランドものとかをお伴に
めかし込んでるから、私みたいな赤白水玉は無視されるどころか、 評価外" だ。
「かわいいカバンですね」
男の子のうちの一人に言われたが、私にはわかってる。
これって、褒められてんじゃないからねぇ。
つまり、大学生が "赤白水玉のお稽古かばん" ですかぁ、ってことで…。
喜んでる場合じゃないのに、 やっぱ… オトコ受けいいんだわ…
わかっていても、内心私は嬉しい。
長く付き合ってきたものを捨てるには、それなりにちゃ〜んとした理由が要る。
引っ掛けてバリッと破れるとか、お弁当に入れたオカズの煮汁がこっぴどく
こびりつくとか、 加えて、こぼれた煮汁の魚臭さが抜けないとか…
そんな決定的な事でも起こらない限り、新しいのに変えられない。
だが… そうなったらなったで、私は自責の念に駆られて落ち込むだろう。
赤白水玉のバッグが好きでたまらん訳ではない。
使いものになる間は決して捨てない、と約束しているのでもない。
むしろ新しいバッグが欲しいと考えるのは自然なことだし、
取っ替えるのも私の自由だ。
日頃から目星をつけているものが何点かあるのだが、本当は買う気など全くない。
10年以上も同じバッグを持ち続けると、違うバッグがある事など
考えられなくなるものなのだ。
それでも人は変わる。
「新しい葡萄酒は新しい皮袋にいれろ」 っていうでしょ。
新しい葡萄酒は、古い皮袋を破いてしまうから。
でもね、 "まぁいいや まだ使えるから" と、新しい葡萄酒を古い袋に
いれちゃうのよ、 私は。
そして、 破けて初めて、赤白水玉が似合わないオンナになったと気付く。
お気に入りと言う訳でもないのに、新しいのに変えられない。
それはやはり、 私は "赤白水玉" のバッグを愛しているのだ。
もしかすると… 愛するとは、捨てる理由が見つからないことなのかもしれない。
次が見つかればそれで良い、というものでもない。
捨てられないから、見つけられないのだ。 それが愛というものなのだから。
"愛する" とは、 自分から相手を捨てることができないってことなのだ。

