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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.104 『第33章   "亀族" 』


  〜態度をはっきりさせないままで、20年も女を待たせる男なんて
   許せないでしょ?

   毅然とした態度で "根性" のあるところを見せて、
   ジョンを炊きつけてやりましょうよ。

   アンは思わせぶりなジョンに、復讐心を燃やすのでした。

   でもジョンには、人に言えない様な事情があるのです、きっと…




22歳の冬はホンマに寒いワ。



私は "" に1ヶ月に一通の手紙を書き、 "" は3ヶ月に一通、
きちんと切手を貼った封筒で返事をよこした。

そうして4ヶ月目になる頃、二人で飲みに出掛けた。



"亀" はちょうど穂高から帰ったところで、 山の空気がまだ、左肩あたりに
靄のようにかかっていた。


山男歩きになってるわよ〜
でっ、試してみた? わたしを "おかず" にしてくれた?


 「忘れてた…

 … … 。

"おかず" になってみたかったのに、ガッカリである。



私は "亀" が好きだった。

山でどんな夢を見るのか尋ねたら、 「寝袋の中で、寝てる夢」。

そんな事を、ごく普通に答える所が好きだ。


なんでもっと手紙くれないのよ

 「頭の中ではうまく書けるのに、紙に書くと別モノになるから

その感じ、わかる…。


飲みに行くのは安い店に決まっているし、行きも帰りも徒歩。

私の大学のちゃらちゃらしたお嬢サマは、 "男友達"をつくるなら
想像も出来ないくらいに "貧乏くさい" のがイイ。

要するに、  "亀" は私には分相応な "男友達" だった。

そう、男友達。 男友達は、死ぬまで恋人にはならないものなのだ。


一方、 "亀" の方は… 私の事をどう思っていたのかは分からない。

なんにもしないって事は、私には性的魅力がないって事だろう。

この年頃の男ってのは、とりあえず何でもいいからヤリたいものなのでしょ?


カメ! 何かお歌を唄いなさい!

横断陸橋の上で、 "亀" は唄った。

スイスだかオーストリアの、古い山の歌…

恋する娘に贈ろうと、崖に咲いた黒百合を採ろうとして、若者が足を滑らせて死ぬ…

そんな、ロマンチックな歌。


体が自然に動いて、私は "亀" の胸に体を預けていた。

そして顔を上げ、小鳥のように "亀" に口づけした。

暗くて、 "亀" の目がよく見えない。

ごめん… 気が利かなくて… 女の子に恥をかかせて、ごめん… 


一瞬 "亀" が何を言っているのか、私にはわからなかった。

そして次の瞬間。 私は "亀" をぶち殴っていた。

キスしといて、ごめんって…、 それ、なに?
私を好きでもなんでもないって事じゃないよ!

何でそんなこと言うんよ!


"亀" はアホみたいに黙っている。

アンタなんかねぇ、崖から落ちて記憶喪失になって、何もかんも忘れて、
イチからやり直ししたらエエんじゃ。
言うとくけど、何遍やり直してもまた崖から落ちるんじゃ。

一生オンナとヤレんのじゃ! アホ! ボケ! ハゲ!


我ながら素晴らしい、呪いの言葉。 さぞや "亀" もビビッているに違いない。

しかし…  "亀" の甲羅は厚かった。


 「片岡って、面白いよ。 誰も言わんようなこと言う。 そこが好きだけど…
 僕は普通のヤツだから…



つまり…

普通の "亀" は普通の事を言い、普通にかわいい "女の子の亀" がいいという事で、
それは 「わたしは "亀族" ではない」 という事に他ならない。

私と "亀" とは、千年でも万年でも友達のままなのだろう。

あの夜のキスは、その証。

だって、まるで兄弟同士の挨拶みたいで…。 体の芯が疼かないんだもの。



後日私は、 "亀" がイメージ通りの "普通にかわいい亀族の女の子" と歩くのを見て、
ひどく得心したのだった。
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.103 『第32章  "ミエ" 』

  〜下宿先の女主人、ジャネットは40歳になりましたが、独身でした。
   恋人のジョンが20年もの間、結婚を申し込まないからなのです。

   ジョンの母親の看病をするのが嫌で、母親が死ぬのを待っている、などと
   噂する者までいました。

   それでもジョンは、ジャネットの所に通ってくるのを止めないのです。

   なぜ?  理由がわかれば、何か手の打ちようもあるのに…




22歳の秋。



 孤独を慰めてくれる人は誰なの?

 孤独と寂しさの匂いを嗅ぎ取る時、心が動く。

 だから、孤独な人は孤独な人を好きになる。


 孤独のかけらもない人に憧れることがある。

 その眩しさに惹きつけられてゆくけれど、

 結局は理解してもらえず、離れていくもの。


 寂しさは時として、人を駆り立てる。

 「私はここに居るよ」 そう言いたいが為に人を動かす。


 その声は小さくても… 動いた分だけ、足跡は残る…。



"ミエ" は目立ちたがりの女の子だ。 不器量でダサイからだろうか。

一番ダサイ服装の人を探せ」と指令を下せば、ミエに会った事のない人でも、
おずおずと指をさして言うだろう。

… あのひと… ?

アタリです。



 「どうして気付かれたのか、わからないの… 」


ミエはいつもより女らしく見える。 まともな服を着ているせいだろうか。

いつもは、上等な生地で縫ったダサい服を着ているのに。


 「私が不倫しているらしいと会社で噂になってるの

一瞬私は、この子に騙されていたのだろうかと思った。


ミエは高校時代から、 "男嫌いだ" と公言していた。

顔をしかめて両手をヒラヒラと振りながら… 男に触られたらジン麻疹が出る、などと
いささかオーバーアクション気味だった。

器量が悪いから、興味のないような事を言っているのだと、私は思っていた。

ミエだって、男の子に興味はあったのだ。


高校時代、 ミエは私になりすまして、東京あたりの男の子と文通していた。

私は家に来た手紙を、学校でミエに渡す日が続いた。

ミエは親が煩いからと言っていたが、  "本物の男嫌い" が文通したり、
修学旅行の時にその相手と会ったりはしない。

だが会ってから… 以降、文通は自然消滅してしまった。



就職したミエは、 OLになっても相変わらず不器量でダサかった。

シミひとつない滑らかな白肌で、多くの欠点のうちの "七つの難" を
かろうじて隠していた。

もし平安時代に生まれていれば、卵に目鼻の下膨れ
絶世の美女だったに違いない。


会社関係の人物ではないし。 彼は大阪にいるから、目撃されるはずない。
要するに、周囲に感づかれるなんて有り得ないのよ


まるで、事件を捜査する刑事の口調だ。

実際その通りだろう。 段取りのいい彼女がミスを犯すとは考えられない。


相手は65歳の妻帯者で、 大阪でマンションの管理人をしながら、
歴史小説を書いているらしい。


原稿の校正と清書は彼女が手伝っていて、自費出版のための費用の一部を
彼女が貸したそうだ。

二人がどうして知り合ったのかは不明だが、プライドの高いミエは
話したがらないから、あえて聞かない。


そう… 誰も知りようのないことだから、ミエ… 私に知って欲しいんだよね。

不倫の噂話は "でっち上げ" かもしれないと、私は思ったのだ。


誰にも言わないでと、ミエに約束させられた。

いっそ約束を破った方が、彼女は喜んだかもしれない。

誰にも知られず始まって、誰にも知られず終わってしまうなら、
それではまるで "無かった事" になってしまう。

ミエは "事実だった" という刻印を、私の記憶の中に残しておきたかったのかもしれない。
posted by 片岡 よしこ at 07:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.102 『第31章   "亀" の歩みはのろい』



  〜バレー・ロードからフィルに宛てたアンの手紙は、かなり長いです。
   たっぷり "1章" あるんだから。

   でも、離れている人と手紙でしか話せない事が沢山あるのだと、私は思います。




22歳の秋。



部活のつきあいで、他の大学の文化祭を見に行った。

たまにはオトコのいる空気を吸っておかないと、免疫力が低下する。


秋の夕暮れは早く、木立の下に設営された模擬店のテントには灯りがともって、
考古学的発見に沸き立つ発掘隊の野営地のような賑やかさだった。

20歳になっていない連中を含めて、学生達は公然と酒を飲んでいた。


誰とも話が合わないとわかったら、そこから先の私は社交的だ。

話には尾ひれを付けて面白くもするし、見てきたような誠しやかなウソ話も得意だ。

だが、 相手が打ち解けてくればくるほど、私の心は孤独になる。

私が楽しませてあげてるのに、 「あなたって、楽しい人ですね」 って…、
あんた達が私を楽しませる立場じゃないかと思う。



類は友を呼ぶという。

紹介されたS大の "" は、名前通りの風体だが、いい目をしていた。

上っ面だけを見る目ではないって感じ。 ぼそぼそとはっきり、物を言う人だ。

おたくの女子大の学祭に行きましたよ。
 女の子が一人でいるのは情緒があっていいなぁと思うけど、あれだけ群れてると、
 何というか… 胸が悪くなって帰りましたよ。

 展示はどれも少女趣味で、ガッカリだなぁ


私は "少女趣味" と言われると、なぜかカ〜ッとなる。

女子大の学祭にオトコ一人で行くのが、そもそも間違いなのよ。
彼女に案内してもらうのが、お作法ってものよ


負けずに言い返した。



"亀" は登山、というか… 一人で山を徘徊するのが趣味だという。

山を登ったり降りたりの、何がそう楽しいのかわからんわ。

風呂にも入らないで、土の上でよく眠れるものだ。

ねぇ、眠れない時は、オナニーとかするの?

 「いや、しない

なにもしないで、ただ寝るの?

山の中なんだから、思いっきり声出してイケばいいのに。

 「いや、もともと声は出さないんだ


押され気味で "分" が悪い、 私はこういうドタンバで、
すごくいい事を思いつく天才だ。


ねえ、それじゃこうしたらどう?
寝袋の中で眠れない時は、わたしを "おかず" にするといいわ。

 むちゃくちゃいやらしいこと想像していいのよ。 やりたい放題を許可します。
 そのかわり、どうだったかちゃんと報告すること。 ねっ? いい考えでしょ?


"亀" は、甲羅からめいっぱい首を伸ばして驚いた。

そして、甲羅に隠した柔らかい腹の中から、クックッと笑う声が聞こえる。

 「ありがとう。 気が向いたらそうさせて貰うよ



偶然にも、 "亀" の下宿は私の家に近かった。

金色に輝く銀杏並木の下を抜けて、木立の茂る公園を横切れば、もうすぐ家だ。

酔いも覚めてしまった。


寒いわ…」 私が身震いすると、

 「もしかして、 きみ、トイレ?

「 …。 私の存在って、あんまりセクシーじゃないと思う?

"亀" は苦笑していた。

今度は顔でも笑っていたので、小さい目はすっかり肉に埋もれてしまった。

 「若い男ってのは、なんでもいいからとりあえず、女の子とヤリたいだけなんだ。
 セクシーかどうかなんて、考えてられないよ



私のこと、押し倒したい?

 「押し倒したいよ


というところで、残念ながら時間切れ。 私の家に着いた。

今夜、私を押し倒してるとこ想像していいよ

 「ありがとう。 やってみるよ


この事件以降、私達はご近所に住んでいたのに、長い間手紙の付き合いを続けた。

私は郵便屋さんを煩わせることもなく、買い物ついでに下宿のお婆ちゃんに
手紙を渡した。

二階の窓を見上げると、 洗濯物に混ざって、時に納豆の藁包が引っ掛けてある。

納豆が好物なんだ…


"亀" からは、切手を貼った手紙が来た。

結構なボリュームで "亀" の生態を綴ってあり、最後の締め括りには

  … 一緒に酒でも飲みましょう。 キミと話していると楽しい。
電話が苦手なのですが、ここは電話するしかないんでしょうね。




"亀" よ…、あんたまでそんなこと言うのね。

私を楽しませない、手も出さない、 そんな人はのろいにかけられ、
すべからく痛い目に遭うのよ。


あんたも "ヨシロー" と同じ目に遭いたくなかったら、
甲羅を脱いで、バッタの物マネでも何でもやって…

とにかく、私を心の底から笑わせてちょうだい。
posted by 片岡 よしこ at 23:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.101 『第30章  ナルシズム』


  〜エスター・ヘイソーンに代わって、7月と8月の間だけ
   アンはバレー・ロードの学校で教えることになりました。

   アンを迎えに来たのは、最近結婚したばかりだという
   中年の太った女性でした。

   「私は自分に向かって言ってやったんだよ。
   サラ・クローさんや、 そうしたいんなら、その金持ちのW・Oと
   結婚するがいいけど、幸せにゃなれないよ。
   人間、ちょいとでも愛がなけりゃ、一緒にやっていけるもんじゃない。」

   それで金持ちのW・Oをフって、貧乏なトーマスと結婚したんですって。




22歳になってもこんな私…



夢を見て、夜中に目が覚めた。 どうせ夢だ、気にせんとこっ… 二度寝した。


しばらくして、京都の "柏木さん" から手紙が届いた。

一ヶ月ほど前ですが、ヨシロー君が夜中に車で事故をしました。
ガードレールに激突し、朝まで発見されなかったそうです。
幸い大事にはならず、今は元気です



正夢だったのかしら… あの夜の夢は…。

"ヨシロー君" が田舎道の急カーブで、曲がり角にまつられている "地蔵堂" に
突っ込む、という夢だった。

ひっくり返ったお地蔵さんの頭突きで割れたフロントガラスが飛び散っている。

ヨシロー君は額から血を流して、死んだようにぐったりしていた。

私ったら、まだ彼に未練があるのだろうか。


柏木さんの手紙にはこんな事も書かれていた。

でも、妙な噂があります。 事故以来 "あっちの方" が…
つまり、男としての "機能" が具合の悪い事になってるという噂です。

本人から聞いたと言う人もいるそうです。 よしこさん、何か聞いていますか?」


うんにゃぁ なんも聞いてない…

だって、私は彼とはとっくにお別れしているし。



それにしても…

オ〜 ホッ ホッ ホッ! これぞ、執念の正夢攻撃とでも言おうか。

ヨシローを諦めはしたが、別れても潜在意識の中では恨んでいるとは、
我ながらなかなかアッパレな執念である。

 ヤツは私の想いを無視し、手紙の返事もよこさない。

 下宿に押しかけて行っても手を出さないから、こんなことになるのよ。

 今から後悔しても手遅れよ。 いい気味だ。

 私の方から好きになってあげたのに。

 私を好きになってくれない男はすべからく憎まれて、痛い目に遭うのよ。

 思い知ったか、ヨシロー。 復讐してやったような気分だわ。


私にとって "男" とは愛する対象ではなく、自分を愛してくれる者でなければ
ならないの。

「好きだよ」 「かわいいよ」

最低でも100回くらいは言ってくれる人が必要なのだ。

少なくとも22歳の小娘にはね。


心理学の講義で教えられた。

こういうのをナルシズム、自己性欲、あるいは自己愛と呼ぶのだそうだ。


美少年ナルキッソスに恋いこがれて、片想いのままもだえ死んだ妖精にでも
なったつもりで、恋に狂ってみたけれど…

所詮私は未熟で、他人を愛することを知らなかったのだ。



あの時、 私は本物の恋をしていると思った。

だけど、何にもわかっていなかった。




信じよう、 いつか笑い飛ばせる日が来ることを。

こうしている間も、現在はかたっぱしから過去になる。

"詩人が夢みた恋" は終わり、今はさよならを言うだけ。

笑って過ごせる日のために。
posted by 片岡 よしこ at 11:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.100 『第29章  海の夜明け』


  〜ギルバートはダイアナの結婚式に参列する為、
   アヴォンリーへ帰ってきました。

   時は移りゆき、人は変わり、アヴォンリーはさみしくなりました。

   ギルバートは、本当にクリスティーンと付き合っているのでしょうか。
   彼は、アンのことを諦めてはいない… そんな気がするのです。

   気付いていないのは、アンだけなのではないでしょうか。




21歳の夏休み。



"キヨコが暮らした島" を見たくてここにやって来たのだが、
なんだかガッカリしてしまった。


キヨコの知り合いだ、と島の人々に歓迎され、獲れたての魚料理なんぞを
ご馳走になり、お土産まで頂いてる場面を想像して、
良い気分になっていたのだが…

青いうわっぱりの女には、知らんぷりされてしまった。

頼みのミス・クセは岩場で転んだ時の打ち身のせいで、釣りは断念。

獲れたての魚のさしみは、幻と消えた。



田舎とは、住み心地がよいものとは言えないようだ。

田舎暮らしに憧れる人が増え、夢を叶えた人々の暮らしぶりが紹介されているが、
人付き合いに関する情報が少なすぎる。

良いことばかり書かれているが、本当のところはどうなんだろうか。

余所者は、しょせん余所者扱いしかされないような気がするのだ。



赤毛のアンの舞台であるアヴォンリーでも、余所者は変人扱いだ。

村の人々は余所から移って来たというだけで、色眼鏡で見る。

格好の "噂話の種" なのだ。


アンの家で家政婦をしているスーザンの言うには、 噂話やゴシップの情報を
知りたがるのは、まっとうな婦人である証拠なんだそうだ。

田舎暮らしを楽しんでいる人々の多くは、家族ぐるみで移り住んでいるようだ。

言い換えれば、一人では田舎暮らしは到底楽しめないと言うことなのだろう。

キヨコが毎夜、涙で枕を濡らしたのも判る気がする。


そう言えば、 島での楽しい思い出をキヨコから聞いたことがない。

辛い思いをしてまで、島に居たのは何のためだったんだろう…


私は、夜明け前に起きて海岸に出た。

海の夜明け、 空は徐々に日の光に溢れ、色づく。

波はまるで、生きて呼吸しているかのようだ。

だが、海は何も答えてはくれない。


佐竹がゆっくりと、波打ち際に向かって歩いている。

靴を波が取り囲み、一気にズボンの裾まで濡らしていく。

私は大声で佐竹を呼んだが、振り返らない。 心臓が少し震えた。

か ず ま ! 」 たまらなくなって、名前を呼んだ。

佐竹が振り向いた。 私の心臓はホッとする。

佐竹が私の所まで歩いて来る時間が、ひどく長く感じられた。

 「早起きでございますね」 

そうよ、 今日、帰るのだから。


 「お嬢様… 私は、かつてこの島に死ぬためにきたのでございます。
 岩場で引き揚げた "どざえもん" は私自身だったのだろうと思います。
 死ねば、私もあのような姿になったのですから。

 あの時キヨコ様に大声で怒鳴られ、お手伝いをし…
 気分が悪くなりまして… 死ぬ気が失せました


佐竹…、 意気地がなくてよかったわね


面目なさそうな佐竹の笑顔をみながら、私は思った。

何かの役に立ったかどうかなんて、ずっとずっと後にならなきゃ
判らないものなのだろう。

その場で結果の出ることは、その場で終わりなのだ。

いつ、何処で、何をしたかも忘れたような事が、 ずっと先になって
自分の知らない場所で花咲く。

そんな瞬間をこの目で見たいと思う。

口惜しくて、残念だけど、 そんなものなのかもしれない。
posted by 片岡 よしこ at 16:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.99 『第28章  "青いうわっぱり"の女 その2』

  〜ダイアナは後5日で結婚です。
   人は変わっていくものと判ってはいても、
   アンは寂しさを隠しきれませんでした。

   そして、アンギルバートは…

   アンがギルバートの申し込みを断った事は、村中に知れ渡っていました。

   物事を動かしているしくみのどこかに、狂いが生じたような悲しさを、
   マリラは感じるのでした。




21歳の夏休み。



"青いうわっぱり" の女は、郵便局に戻っていた。

スラックスと、青いうわっぱりの下に隠された体はむっちりとして、
よく見ると目鼻立ちの整った、男好きのする美人である。

しかし、あまりに強い眼力のせいで、せっかくの美貌も帳消しになり…

預金を引き出しに来た客は、何か悪い事をしている様な、
後ろめたい気分になるのだった。


島では面倒見がいいと評判の彼女。

てきぱき出来ない人を、見て見ぬ振りができないのだ。

ひとたび彼女が動き出すと物事は驚くほど早く、彼女のペースで進んだ。

彼女が人の世話になるなど有り得ないのだが、それでも借りたものはお礼を添えて
きちんと返し、義理を欠くことはなかった。


そんな彼女にとって、 "田辺夫人" とのことは "汚点" ともいえる思い出だった。

夫人とは "お互いに" 世話になったと言える間柄だったのに、礼を言わないどころか、
見送りにも行かなかったからである。

だがそれには、彼女なりの理由があった。

 そもそも、田辺夫人が彼女に何の相談もなく、島を出て行ったのがいけないのだ。

 "何も聞いていない" これほど腹の立つことはない。


彼女にとって、それは裏切りに等しいことなのだ。



診療所が、郵便局の隣を借りて診察を始めるようになってからは、
彼女はしょっちゅう、診療所に入り浸っていた。


 田辺夫人は、用もないのに診療所に来る連中に、気前良くふるまい過ぎる。

 野菜や魚を診療代に受け取るのも考え物だ。

 島の連中には、睨みをきかせる必要があるのに。


しかし、鶴のように痩せた伏目がちな彼女に、荒っぽい島の連中に言い返す勇気など
あるはずがない。

上品で町の匂いのする田辺夫人は、守ってやらねばならない
"頼りない" 存在だったのだ。

その代わり彼女は、島の連中の噂話や悪口を田辺夫人にブチまけて、
大いにストレスを解消したのだった。



田辺夫妻は月に何度か土曜日に島を出て、何でも日曜日の礼拝とやらに出るために、
本土に出掛けた。


好奇心から彼女は一度、礼拝に連れて行ってもらったことがあった。

土曜日、三人は本土に渡り、その夜は田辺夫妻の家に泊まることになった。


夫妻の家は、細くて急な坂道を登りきった山の斜面に建っていた。

日当たりの良い島育ちの彼女には、こんな湿っぽく陰気な家に
よく住んでいられるものだと思う。

 「山の木におるんでしょうねぇ、むかでが沢山出るんですよ

田辺夫人は、さも嫌そうに体を縮めて震えてみせた。

どうやら田辺医師は、家を選ぶに際しても、妻に意見があるとは
思いもよらないらしい。

台所が暗い家なんて、まっとうな主婦なら決して選びはしないだろうから。

奥さんは先生に、もっと口煩く言ってやった方がいい」 と彼女は思うのだった。



教会は、駅前の大通りを横切って南北に流れる小川のほとりにあった。

西洋風の尖った屋根の先端に十字架が青空に向かって立つ、
絵に描いたような当たり前の教会だ。

半円のガラスがはめ込まれた、両開きの重々しい木のドアを入る。

床も椅子も窓枠も全てが木造で、島のお寺と変わりはないが、
派手な飾りも仏像さえもない、 貧乏臭い教会だった。

 こんなお寺にお布施を払うとは、田辺夫人も人が良すぎる。

 オルガン弾きは間違えてばかりいる。 これでは拍子抜けだ。

 「練習さえすれば、アタシの方がマシに弾ける…」

 それに、牧師の説教。 島の坊さんはマイクなんぞ使わなくても、よく声が通る。

 やはりお経をあげてもらわないことには有難味がない。


どうも "教会" とは頼りのないものと、しみじみ思うのだった。



"青いうわっぱり" の女は、事務机の引き出しを開けた。

鍵をかけ、何年も閉めたままの引き出しだった。

中には、田辺夫妻からの手紙が何通か入っていた。

一度も返事を書いたことはないし、今後もそのつもりはなかった。

ワタシなんぞは相談相手にならんらしいわ

それが、彼女の結論だった。


荒くれ者の多い島で暮らしていけたのは、誰のおかげだと思っているのやら…
馬鹿にしてくれるじゃないか


田辺夫人には世話になったが、 その分おつりが出るくらいお返しはした。

自分を捨てた者は、こっちから捨ててやる。



"青いうわっぱり" の女は、引き出しから手紙を取り出すと、
書き損じた伝票と一緒にシュレッダーにかけた。


紙が切り裂かれる轟音と共に、彼女は長年の躊躇いを捨てた。

 別れは寂しい…

シュレッダーの音は、そんな悲鳴にも聞こえた。
posted by 片岡 よしこ at 20:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.98 『第27章  "青いうわっぱり" の女』

  〜アンは、ロイヤル・ガードナーに恋をしていると思い込んでいました。
   というより、"思い込もう" としていたのです。

   でも、どうかしら? ロイにはユーモアがわからないのよ。
   ギルバートとは笑いあえた事が、ロイにはさっぱり理解できないのです。

   ユーモアのわからない人と人生を共にするのは…
   さて、どうしたものでしょうか。




21歳の夏休み。



診療所があったという建物は、 港に近い、郵便局の隣にあった。


コンクリートの箱のような造りで、玄関の引き戸は埃をかぶって、
今は住む人もないことを物語っている。

隣の郵便局も、入り口の壁に "赤い〒マーク" がついているだけのことで、
民家と変わりはない。

ふと、葉書でも買ってみようと思い、中に入った。

カウンターの向こうには、局長らしき男と半袖の "青いうわっぱり" を着た
中年の女が一人いるきりだった。

隣に診療所があった、って聞いたことがあるんですけど…
 ご存知ですか?


愛想笑いもしない女の顔に、明らかな警戒の色が読んで取れた。

 「さぁ… 知らんねぇ…

10年ほど前までは、ご夫婦で診療所をしておられたと… 」

女は、島のもんじゃないから知らない、ということだった。



郵便局の向かい側には、 "おしゃれの店" の看板のかかった洋品店がある。

そっと戸を開けて 「こんにちは」 と声を掛けるが、コトリとも言わない。

奥の住居と思われる方へ向かって大声を出すが、依然答えがない。


 「おばちゃんは、昼にならんと帰らんよ

振り向くと、先ほどの "青いうわっぱり" が立っている。

洋品店の主人は、漁の水揚げの手伝いに出ているそうだ。

私はこそこそと店を出て、更に歩きだした。

時折振り返ると、まだ "青いうわっぱり" がこちらを見ている。



両側に民家が軒を並べるなだらかな坂を登ると、 "食堂" と書かれたのれん。

商品見本を入れるべきガラスケースに、なぜか色あせた黄色い熊の縫いぐるみが
押込まれている。

滑りの悪い引き戸を開けて、中に入る。

 「いらっしゃい

皺だらけのじいさんが、タバコをふかしながら店番をしていた。

あの… 10年ほど前、診療所があったと聞いてるんですけど、
なにかご存知では…?


じいさんは、覚えていた。 ふと懐かしそうな表情を見せたからだ。


 「おとうさん、何しとるん?

奥から声がして、私はたまげた。 "青いうわっぱり" の女だった。

 「おとうさん、早う仕込みしてしまわんと

なんで私の先回りができるのだろう?

というより、なぜ私をつけてきたのだろうか。

 「島には月に一回、医者が巡回してくるだけ。 若いもんは出て行って…
 年寄りばかりじゃ金儲けなんかできんでね。

 よそから来てこの島には住めるもんかね


そんなつもりでは… またしても私は訳のわからないまま、店を追い出された。



診療所の夫婦を懐かしむ、島の人々の暖かい反応を期待していたのに、
いったいこれはどういう事なんだろう。


あの "キヨコ" が、島暮らしが辛くて逃げ出したとも思えないし、
少なくとも私は、医師の夫が高齢になって退いた、と聞いていた。



私は、坂を登り切った見晴らしの良い場所に立った。

港は海に向かって大きく開かれているのに、人の心の近寄りがたさに、
ふっとため息が漏れた。

 「娘の事は気にせんとって下さい

背後から声がした。 食堂のおじいちゃんだ。

 「あれは、よそもんを嫌いよります


おじいちゃんの話によると、 島から出ていく者が増える事を懸念し、
住む人のいない家を貸して田舎暮らしをしたい本土の連中を呼び込もう、
という村役場の企画があったそうだ。

ツアーを組んで視察に訪れる人々を、島を挙げて歓迎したが、
結局はそれっきりで終わってしまった。

住み着いた者はたった一家族。 子沢山の、韓国系の母子家族だったそうだ。

 「診療所の先生と奥さんは、ええ方でしたなぁ。
 ワシらは、ずっと住みついてくれるもんと思うとったがね。

 娘もそのつもりでお二人とは仲良うしとったもんで、帰られると判った時は
 がっかりして、見送りにも出んかったですよ




海から吹く風に聞いてみる。 この島で余生を過ごせるかしら… と。

私には、薄汚れた港町にしか見えない。

この風景から、何かのインスピレーションを感じることもない。


だが反対に、 知らない場所なのに、何故かそこを好きになることがある。

前に来たことがあるような、懐かしい気持ちになる…

誰でも一度は、そんな経験をしたことがあるのではないだろうか。

残念ながら私にとって、この島は "ナシ" だったのだ。



キヨコはただ、生まれ育った所に帰りたかったのだ。

それは誰にも止められないし、責められることでもない。

"青いうわっぱり" の落胆した気持ちもわかるが、それは理不尽な逆恨み。


話をすれば、わかるのに…

寂しいけれど、 お互いの幸せを祈って、手を振り、別れていけるのに。


私はただ、それを残念に思った。
posted by 片岡 よしこ at 13:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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