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赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜アンの後をついてきて離れようとしない、ボロ雑巾以上にみっともないノラ猫。
処分するしかありません。 パティーの家に、二匹目の猫はいらないわ。
フィルがクロロホルムを入れた箱に猫を閉じこめました。
夕方には死んでいるはずだったのですが… 猫は生きていました!
箱に節穴が開いていたようです。
これも何かの運命ね…
アンはノラ猫ラスティーを仲間として、パティーの家の住人に
加えることにしたのでした。〜
21歳の春。
失恋の悲しみなんて、新しい男ができたら忘れられる、 と妹に励まされたが、
私にその方法は使えない。
同じ痛みを知っている人と分かち合う…。
言い換えれば、 傷を舐め合って、傷は癒されていくのだ。
「もっといい男をみつけて、アイツを悔しがらせてやるぅ〜 」
失恋した友達同士、やけ酒飲んで息巻いたりもしたが、傷を舐め合ってはいない。
イキがっているに過ぎない。 ブッチャけた時の "スッキリ感" とは、ほど遠い。
私が本当に傷を舐め合えた相手は、4歳の男の子だった。
その子の名前は、 "ひろ" 。
私がベビーシッターとして派遣された客先のこどもだった。
お客は、そこそこの生活水準の家庭が多く、 "ひろ" の父親も、若くして
会社を経営する実業家だった。
母親は産まれたばかりの "ひろ" をシッターに預けて、長男の塾通いに
奔走していた。
難関の有名幼稚園に合格すると、送り迎えと母親同士の付き合いに忙しかった。
そんな中、 4歳になった "ひろ" は、我が社のシッター全員を知っている
"ベテラン" になっていた。
私達シッターには、 "お客の家庭内の情報を決して外部に漏らしてはならない" と
いうルールがあった。
お客や子供の悪口など、もってのほかだ。 会社の品格にかかわる。
だが、微妙な言葉使いに隠された "意味" を汲み取るには、少々時間がかかった。
「お母様は社交的でお忙しい方なのよ。 子育て中でも自分の生活を大切に
される素敵な奥様。 でも、こどもの教育のために時間を惜しまないのよ」
さて、実際伺ってみると… 母親は有名幼稚園に上のこどもを送って行ったきり、
昼過ぎまで帰らない。
幼稚園が終わるまで、友達のお母様方とどこかにシケこんでいるらしい。
お迎えをしたら、その足で習い事に連れて行くのだ。
確かに、 "社交的でお忙しい方" だわ。
"ひろ" は何というか、 「いつも上の空」 という感じの男の子だった。
遊びに心底熱中していないように見える。
家中を目的もなく歩き回って、意味もなく笑う。
遊びに誘うと乗っては来るのだが、いつの間にかやめてしまう。
いたずらをして困らせてくれた方がまだマシだ。
「公園に行こう!」
大喜びで行ってみても、全然遊ばない。
無意味に歩き回るだけで、すぐ帰ると言い出す。
あぁ〜 もう相手にするのはやめた! 一人でぶらんこでもしよっと。
春の風に吹かれて、私は "ひろ" の存在を忘れた。
失恋のヒロインに浸っていると、
「せんせい… うんこ… 」
出たのか? と思いきや、おろし立ての高級そうな靴にべったりと…
踏んづけたのね…
いいトコの家の子はこれだから嫌いだ。 ウンコの取り方も知らん。
草むらに靴底をこすりつけて、ウンコをこそげ落とした。
「ウンコ踏んだ事はママには内緒よ」
不注意なシッターだと思われたくなかった。
"ひろ" は不思議そうな様子も見せず、相変わらず上の空だ。
何を話しても "ひろ" の心には届かないようだ。
ところが、お昼寝の時間になると彼は一変した。
「ママ… ママ… 」
呼びながら指をしゃぶって、なかなか寝ようとしない。
瞼が重くなると無理に目を見開いて、 「ママは?」 と訴えるように尋ねる。
悲しいくらいに、切実に。
私はいいかげん、嫌になった。
彼を抱っこして、どの部屋にもママはいない事を確認させた。
「ママ… かえってくる?」
もちろん、帰ってくる。 あと2時間後にはね。
15分遅れたら、延長料金加算されるんだから。
"ひろ" がママのベッドで寝る、と言い出した。
ダブルベッドのある寝室に入るのはマズいんじゃないかと思ったが、
彼が寝てくれるのなら、私は王様のベッドでも拝借するだろう。
寝付いたら彼のベッドへ戻せばいい。
ところが、彼は寝付けなかった。
病人が "痛み止めで眠らせてくれ" と嘆願するように、ママを求めていた。
我が社で一番の売れっ子シッターなら、 きっと生クリームの様な甘い声で
こもり唄を歌って、首尾良く眠らせたのだろう。
しかし、私は意地悪く言った。
「ママはまだ帰らないわよ。 おにいちゃんと一緒だもの。
"ひろ" を置いて、おにいちゃんを迎えに行ったのよ」
私は鬼だ…。
彼は、小さな声で泣き始めた。
涙と鼻水が混じり合って、しゃぶっている親指をつたって口に流れ込んだ。
鬼の私だって泣きたい気分だ。
そうよ… 今、側に居て欲しい人がいないことくらい、辛いことない。
呼んでも返事がないくらい、悲しいことないもの…
わたしだって… わたしだって…
大好きな人に受け止めてもらえない不安と淋しさなら、私にはよくわかる。
それは、大人でもこどもでも同じだ。
"ひろ" を抱っこしたまま、涙がこみ上げてきた。
新しい男を見つけて、見返してやりたいなんて想いはカケラもありゃしない。
ただ懐かしくて、会いたくて、 こどもの様に泣いた。 "ひろ" と一緒に。
純粋にひとりの人を求める心に出会って、 私の頑固な想いが解けていく。
私は恥も外聞もなく、安心して、 "ひろ" の胸で泣いた。
同じ淋しさを抱えた者同士の私達は、それぞれ別の人の名前を呼びながら、
いつしか眠ってしまったようだ。
それ以降、 私は二度と "ひろ" の家には派遣されなかった。
だがその理由が、 ウンコを踏んだのがバレたのか、ダブルベッドで寝たのが
マズかったのか、正直知りたくもない。
でも、 "ひろ" に会うのは "あの日一回コッキリ" で、私には充分。
私は、 "ひろ" のことを忘れない。
一緒に泣いて、楽になったよ。
ありがとう、 "ひろ" 。
No.87 『第16章 "ひろ" 』
〜アンの後をついてきて離れようとしない、ボロ雑巾以上にみっともないノラ猫。
処分するしかありません。 パティーの家に、二匹目の猫はいらないわ。
フィルがクロロホルムを入れた箱に猫を閉じこめました。
夕方には死んでいるはずだったのですが… 猫は生きていました!
箱に節穴が開いていたようです。
これも何かの運命ね…
アンはノラ猫ラスティーを仲間として、パティーの家の住人に
加えることにしたのでした。〜
21歳の春。
失恋の悲しみなんて、新しい男ができたら忘れられる、 と妹に励まされたが、
私にその方法は使えない。
同じ痛みを知っている人と分かち合う…。
言い換えれば、 傷を舐め合って、傷は癒されていくのだ。
「もっといい男をみつけて、アイツを悔しがらせてやるぅ〜 」
失恋した友達同士、やけ酒飲んで息巻いたりもしたが、傷を舐め合ってはいない。
イキがっているに過ぎない。 ブッチャけた時の "スッキリ感" とは、ほど遠い。
私が本当に傷を舐め合えた相手は、4歳の男の子だった。
その子の名前は、 "ひろ" 。
私がベビーシッターとして派遣された客先のこどもだった。
お客は、そこそこの生活水準の家庭が多く、 "ひろ" の父親も、若くして
会社を経営する実業家だった。
母親は産まれたばかりの "ひろ" をシッターに預けて、長男の塾通いに
奔走していた。
難関の有名幼稚園に合格すると、送り迎えと母親同士の付き合いに忙しかった。
そんな中、 4歳になった "ひろ" は、我が社のシッター全員を知っている
"ベテラン" になっていた。
私達シッターには、 "お客の家庭内の情報を決して外部に漏らしてはならない" と
いうルールがあった。
お客や子供の悪口など、もってのほかだ。 会社の品格にかかわる。
だが、微妙な言葉使いに隠された "意味" を汲み取るには、少々時間がかかった。
「お母様は社交的でお忙しい方なのよ。 子育て中でも自分の生活を大切に
される素敵な奥様。 でも、こどもの教育のために時間を惜しまないのよ」
さて、実際伺ってみると… 母親は有名幼稚園に上のこどもを送って行ったきり、
昼過ぎまで帰らない。
幼稚園が終わるまで、友達のお母様方とどこかにシケこんでいるらしい。
お迎えをしたら、その足で習い事に連れて行くのだ。
確かに、 "社交的でお忙しい方" だわ。
"ひろ" は何というか、 「いつも上の空」 という感じの男の子だった。
遊びに心底熱中していないように見える。
家中を目的もなく歩き回って、意味もなく笑う。
遊びに誘うと乗っては来るのだが、いつの間にかやめてしまう。
いたずらをして困らせてくれた方がまだマシだ。
「公園に行こう!」
大喜びで行ってみても、全然遊ばない。
無意味に歩き回るだけで、すぐ帰ると言い出す。
あぁ〜 もう相手にするのはやめた! 一人でぶらんこでもしよっと。
春の風に吹かれて、私は "ひろ" の存在を忘れた。
失恋のヒロインに浸っていると、
「せんせい… うんこ… 」
出たのか? と思いきや、おろし立ての高級そうな靴にべったりと…
踏んづけたのね…
いいトコの家の子はこれだから嫌いだ。 ウンコの取り方も知らん。
草むらに靴底をこすりつけて、ウンコをこそげ落とした。
「ウンコ踏んだ事はママには内緒よ」
不注意なシッターだと思われたくなかった。
"ひろ" は不思議そうな様子も見せず、相変わらず上の空だ。
何を話しても "ひろ" の心には届かないようだ。
ところが、お昼寝の時間になると彼は一変した。
「ママ… ママ… 」
呼びながら指をしゃぶって、なかなか寝ようとしない。
瞼が重くなると無理に目を見開いて、 「ママは?」 と訴えるように尋ねる。
悲しいくらいに、切実に。
私はいいかげん、嫌になった。
彼を抱っこして、どの部屋にもママはいない事を確認させた。
「ママ… かえってくる?」
もちろん、帰ってくる。 あと2時間後にはね。
15分遅れたら、延長料金加算されるんだから。
"ひろ" がママのベッドで寝る、と言い出した。
ダブルベッドのある寝室に入るのはマズいんじゃないかと思ったが、
彼が寝てくれるのなら、私は王様のベッドでも拝借するだろう。
寝付いたら彼のベッドへ戻せばいい。
ところが、彼は寝付けなかった。
病人が "痛み止めで眠らせてくれ" と嘆願するように、ママを求めていた。
我が社で一番の売れっ子シッターなら、 きっと生クリームの様な甘い声で
こもり唄を歌って、首尾良く眠らせたのだろう。
しかし、私は意地悪く言った。
「ママはまだ帰らないわよ。 おにいちゃんと一緒だもの。
"ひろ" を置いて、おにいちゃんを迎えに行ったのよ」
私は鬼だ…。
彼は、小さな声で泣き始めた。
涙と鼻水が混じり合って、しゃぶっている親指をつたって口に流れ込んだ。
鬼の私だって泣きたい気分だ。
そうよ… 今、側に居て欲しい人がいないことくらい、辛いことない。
呼んでも返事がないくらい、悲しいことないもの…
わたしだって… わたしだって…
大好きな人に受け止めてもらえない不安と淋しさなら、私にはよくわかる。
それは、大人でもこどもでも同じだ。
"ひろ" を抱っこしたまま、涙がこみ上げてきた。
新しい男を見つけて、見返してやりたいなんて想いはカケラもありゃしない。
ただ懐かしくて、会いたくて、 こどもの様に泣いた。 "ひろ" と一緒に。
純粋にひとりの人を求める心に出会って、 私の頑固な想いが解けていく。
私は恥も外聞もなく、安心して、 "ひろ" の胸で泣いた。
同じ淋しさを抱えた者同士の私達は、それぞれ別の人の名前を呼びながら、
いつしか眠ってしまったようだ。
それ以降、 私は二度と "ひろ" の家には派遣されなかった。
だがその理由が、 ウンコを踏んだのがバレたのか、ダブルベッドで寝たのが
マズかったのか、正直知りたくもない。
でも、 "ひろ" に会うのは "あの日一回コッキリ" で、私には充分。
私は、 "ひろ" のことを忘れない。
一緒に泣いて、楽になったよ。
ありがとう、 "ひろ" 。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜ダイアナは、 アンの書いた物語を "ベーキングパウダー" の懸賞に
応募しました。
"ほんのちょっぴり" 書き足して、ベーキングパウダーの広告として…。
もちろんアン・シャーリーの名前で、 内緒で…。
作品は見事入選し、アンは賞金の25ドルを得たのですが、
アンにとっては屈辱以外の何者でもありませんでした。
お金のために書くことは恥ずべき事だと思っていたからです。〜
21歳は、もう子供じゃない。
私は日ごと日ごとに、ますますマトモになろうと努めていた。
周りの "男" に振り回されて、本来の自分を見失っていた。
漢文の先生やヨシロー君、 セイスケ…
彼らが生活に入り込んで来てからというもの、脳ミソも精神も混乱する一方。
自分を冷静に見つめようと日記を書いてみるのだが、気付けば字も書けなくなり、
蜘蛛の巣模様とか、心電図のようなモノを書き始めるシマツ。
ふと私は、ルビー・ギリスの死顔を見たときのアンの言葉を思い出した。
"神様はルビーをこういう顔にお創になったつもりだったのだ"
こんな私でも、神様が私をお創りになった元々の姿に戻ることができるだろうか…
それが "マトモに生きる" ということだ。
しかし… まずは、 "失恋の傷手" を癒すのが先決のようだ。
喪中のお正月ではあったが、例年通り朝風呂に入る。
朝風呂はいいもんだ。 去年の辛い出来事も洗い流せる。
母が仕事の片手間にストーブで煮た黒豆は、しわくちゃで固いが
これが実においしい。
高校時代からの友人、メグミやナラコともおしゃべりをして友情を新たにした。
こうして、元の生活に戻ってみて思うのは、 私はもう "以前の私" ではない。
新しい一歩を踏み出して、多くの経験をしたい。
人生の教訓となる経験は学校では得られないのかもしれない。
あらゆる所で、あらゆる人が教えてくれるのだ。
小さくまとまるにはまだ若すぎるのではないか。
私はアルバイトを始めた。 それは、 "ベビーシッター" 。
外国映画で、学生が近所の家で子供を見ながら留守番する、 "アレ" である。
この仕事を派遣業として起業した "女性シャチョーさん" と、私は出会った。
起業したきっかけを話してくれた。 シャチョーさんは東京生まれだ。
ご主人の転勤でこの地に来て男の子二人を育て、子育てが一段落した頃
ある会社にパートで就職。
"パートは電話をとるな" の言葉にムカついたそうだ。
お茶出しとお昼のお弁当の注文取りばかりやらされて、一週間で辞職。
起業しようと決心したらしい。
「昼飯の世話くらい、テメーでやんな!」 べらんめ〜口調も面白い。
私はなにしろ真面目に勤めた。
行けと言われた家にはどんなに遠くても行った。 自転車を飛ばしてね。
雨だけは降らないでくれと祈ったが、何度となく濡れねずみになったりもした。
中には感じの悪い家もあるし、二度と遊んでやりたくもない根性悪のガキもいた。
しかし "我慢" である。
「かたおかぁ〜 嫌なとこへ無理して行くことないんだからね。
あんな家、いきたくありませぇ〜ん って言いなよ」
そんなぁ… 嫌だって言ったら、仕事くれなくなるかもしれない。
我儘だと思われたくもない。
なんてことないフリをする私を、シャチョーは見破っていたのだ。
「あなたにはこの仕事が向いていると思うから言うけど、
自分をブッチャけていかなきゃ、続かないよ。
お客に合わせて "良い子" になってちゃ駄目」
…。 考えさせられてしまった。
自分を出して生きる経験が、あまりに少なかったからだ。
大好きだったヨシロー君にも、私は自分をブッチャけていただろうか。
いいえ… そうではなかったと… 思う。
もっと恐ろしいことに、 私には "中身" がない。
しかし私は、既に一歩を踏み出したのだ。
中身はまだ無いかも知れないが、殻を破って世界に出たのだ。
それだけでも、なんだかワクワクするではないか。
「甘えていいんだよ」
シャチョーはそう言ってくれた。
No.86 『第15章 マトモになりたい私』
〜ダイアナは、 アンの書いた物語を "ベーキングパウダー" の懸賞に
応募しました。
"ほんのちょっぴり" 書き足して、ベーキングパウダーの広告として…。
もちろんアン・シャーリーの名前で、 内緒で…。
作品は見事入選し、アンは賞金の25ドルを得たのですが、
アンにとっては屈辱以外の何者でもありませんでした。
お金のために書くことは恥ずべき事だと思っていたからです。〜
21歳は、もう子供じゃない。
私は日ごと日ごとに、ますますマトモになろうと努めていた。
周りの "男" に振り回されて、本来の自分を見失っていた。
漢文の先生やヨシロー君、 セイスケ…
彼らが生活に入り込んで来てからというもの、脳ミソも精神も混乱する一方。
自分を冷静に見つめようと日記を書いてみるのだが、気付けば字も書けなくなり、
蜘蛛の巣模様とか、心電図のようなモノを書き始めるシマツ。
ふと私は、ルビー・ギリスの死顔を見たときのアンの言葉を思い出した。
"神様はルビーをこういう顔にお創になったつもりだったのだ"
こんな私でも、神様が私をお創りになった元々の姿に戻ることができるだろうか…
それが "マトモに生きる" ということだ。
しかし… まずは、 "失恋の傷手" を癒すのが先決のようだ。
喪中のお正月ではあったが、例年通り朝風呂に入る。
朝風呂はいいもんだ。 去年の辛い出来事も洗い流せる。
母が仕事の片手間にストーブで煮た黒豆は、しわくちゃで固いが
これが実においしい。
高校時代からの友人、メグミやナラコともおしゃべりをして友情を新たにした。
こうして、元の生活に戻ってみて思うのは、 私はもう "以前の私" ではない。
新しい一歩を踏み出して、多くの経験をしたい。
人生の教訓となる経験は学校では得られないのかもしれない。
あらゆる所で、あらゆる人が教えてくれるのだ。
小さくまとまるにはまだ若すぎるのではないか。
私はアルバイトを始めた。 それは、 "ベビーシッター" 。
外国映画で、学生が近所の家で子供を見ながら留守番する、 "アレ" である。
この仕事を派遣業として起業した "女性シャチョーさん" と、私は出会った。
起業したきっかけを話してくれた。 シャチョーさんは東京生まれだ。
ご主人の転勤でこの地に来て男の子二人を育て、子育てが一段落した頃
ある会社にパートで就職。
"パートは電話をとるな" の言葉にムカついたそうだ。
お茶出しとお昼のお弁当の注文取りばかりやらされて、一週間で辞職。
起業しようと決心したらしい。
「昼飯の世話くらい、テメーでやんな!」 べらんめ〜口調も面白い。
私はなにしろ真面目に勤めた。
行けと言われた家にはどんなに遠くても行った。 自転車を飛ばしてね。
雨だけは降らないでくれと祈ったが、何度となく濡れねずみになったりもした。
中には感じの悪い家もあるし、二度と遊んでやりたくもない根性悪のガキもいた。
しかし "我慢" である。
「かたおかぁ〜 嫌なとこへ無理して行くことないんだからね。
あんな家、いきたくありませぇ〜ん って言いなよ」
そんなぁ… 嫌だって言ったら、仕事くれなくなるかもしれない。
我儘だと思われたくもない。
なんてことないフリをする私を、シャチョーは見破っていたのだ。
「あなたにはこの仕事が向いていると思うから言うけど、
自分をブッチャけていかなきゃ、続かないよ。
お客に合わせて "良い子" になってちゃ駄目」
…。 考えさせられてしまった。
自分を出して生きる経験が、あまりに少なかったからだ。
大好きだったヨシロー君にも、私は自分をブッチャけていただろうか。
いいえ… そうではなかったと… 思う。
もっと恐ろしいことに、 私には "中身" がない。
しかし私は、既に一歩を踏み出したのだ。
中身はまだ無いかも知れないが、殻を破って世界に出たのだ。
それだけでも、なんだかワクワクするではないか。
「甘えていいんだよ」
シャチョーはそう言ってくれた。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜美しいルビー・ギリスは、いつも取り巻きの男の子達に囲まれて、
彼らの心をもて遊んでは、陽気に人生を楽しんでいました。
しかし、ルビーは結核を患ってしまいます。
愛する全てのものを残して死んでいくことの苦しみと悲しみを
アンに打ち明け、ルビーは涙を流します。
そしてその夜、 眠りながら静かに息を引き取ったのでした。〜
20歳の秋。
私は、私の自由な意志で、 "ヨシロー君" のことは諦めようと決心した。
私はマトモになりたい。
男のことを考えていない時の私はマトモだ。
好きな人がいなかった頃は更にマトモで、周囲の人を思いやったり、
心配したり、 平和な森のリスのように暮らしていたのだ。
病気の祖父を差し置いて、ヨシロー君を優先させたりは決してしなかっただろう。
祖父の病状は、日増しに悪くなっていた。
いつ亡くなるかもわからず、 ヨシロー君に会う事など優先させられるはずも
なかったのに、私は出掛けて行った。
あんなに可愛がってもらったのに… その事を思い出すこともなく。
そして3日後、祖父は亡くなった。
"死" は、若い私には現実離れしたものだ。
死がやって来たら逃げられないのだ。 死に任せるほかに何ができようか。
そこに、自由な選択はない。 死は周到に準備を整えてやって来たのだから。
自分勝手な考えで男にうつつを抜かし、祖父の側に居るという大切な事から
逃げた私は、 後になって深く後悔した。
所属する部が出展する模擬店を店じまいすると、私はその足でヨシロー君の
学園祭に向かった。
彼が実行委員長としてここ数ヶ月打ち込んできた学園祭を、どうしても
見たかったのだ。
忙しい彼が、私の相手をする時間などない事は百も承知で。
それでもできる限り、私を案内してくれる、 彼のそういう所が私は好き。
しかし、私が彼と言葉を交わす機会はごく少なかった。
大学の周囲の空き地には、ススキの原っぱが拡がっていた。
冷たい夜風に所在なく吹かれて、まるで私の心のようにさわさわと揺れていた。
やっぱり、 遠いなぁ…
言葉を交わし合えない距離がある。
人と人は言葉を交わし、話しをしなければ、 永遠にすれ違う。
想いはつのっても、関係を築いてゆくことは無理なのだ。
恋に患うのも、ここまでかもしれない…
何となくそう思っている私がいた。
ヨシロー君は私の案内を、 "桂さん" と "柏木さん" の二人に頼んだ。
二人とも、とても気立てのいい子だった。
その夜は、桂さんの下宿にお世話になることとなった。
初対面の3人が、近所のお風呂屋さんで仲良く湯船に浸かり、商店街の小さな
中華料理屋で、学園祭の成功を祝ってビールで祝杯をあげた。
"ヨシロー君を知る人" と話をするのは初めてだ。
彼は時に、馬鹿騒ぎをしたり徹夜で無茶をするが、 皆の事をよく考えてくれる
人なんだそうだ。
「彼が女の子と付き合ってるなんて、見た事も聞いた事もないわ。 ねぇ?」
同意を求められた柏木さんは、大きく頷く。
「うん… よしこさん連れてるの見て、びっくりした。
え〜 だれ〜? ってかんじよ」
二度と会うこともないだろう2人の女の子と私の、 誰も知らない打ち明け話は、
夜が更けるまで続いた。
心休まる時間が過ぎていった。
私が家に帰って3日後、祖父が死んだ。
疲れ切った母の顔。
学園祭での事は、思い出したくない悲しいものになってしまった。
そこで過ごした時間の分だけ、親不孝を積み重ねてしまった恥ずかしさ…
私は、両親の顔を見ることが出来なかった。
後ろめたさと悲しさが交錯し、 ごちゃごちゃになった心で、
私は、溢れては流れる想いを見つめていた。
全ては私の愚かさのせいだ。
ヨシロー君に心が糊付けされて、剥がれないからだ。
こんなに懸命に想い焦がれているのに、 なぜ報われないのだろう。
ただひたすら、報われたいと思っていたけれど…
いくら好きでも報われないことがあり、永遠に変わらないと信じていた気持ちに
自分で決着を付けねばならない時がある。
私が想うのと同じ程、ヨシロー君が私のことを想っているのではないと、
私は随分前から気付いていたのだ。
お別れの手紙を書いた。 未練は残るけどね。
自然消滅よりいい。 彼に恨みを残さずに済む。
友達や家族をないがしろにして、ええ事になるはずがない。
私は勝手にヨシロー君を "好き" になって、自由な意志で "お別れ" したわけだ。
だがそのおかげで一番えらい目に遭ったのは、当の彼 "本人" だったのだろう。
お気の毒な話である。
No.85 『第14章 気の毒な話』
〜美しいルビー・ギリスは、いつも取り巻きの男の子達に囲まれて、
彼らの心をもて遊んでは、陽気に人生を楽しんでいました。
しかし、ルビーは結核を患ってしまいます。
愛する全てのものを残して死んでいくことの苦しみと悲しみを
アンに打ち明け、ルビーは涙を流します。
そしてその夜、 眠りながら静かに息を引き取ったのでした。〜
20歳の秋。
私は、私の自由な意志で、 "ヨシロー君" のことは諦めようと決心した。
私はマトモになりたい。
男のことを考えていない時の私はマトモだ。
好きな人がいなかった頃は更にマトモで、周囲の人を思いやったり、
心配したり、 平和な森のリスのように暮らしていたのだ。
病気の祖父を差し置いて、ヨシロー君を優先させたりは決してしなかっただろう。
祖父の病状は、日増しに悪くなっていた。
いつ亡くなるかもわからず、 ヨシロー君に会う事など優先させられるはずも
なかったのに、私は出掛けて行った。
あんなに可愛がってもらったのに… その事を思い出すこともなく。
そして3日後、祖父は亡くなった。
"死" は、若い私には現実離れしたものだ。
死がやって来たら逃げられないのだ。 死に任せるほかに何ができようか。
そこに、自由な選択はない。 死は周到に準備を整えてやって来たのだから。
自分勝手な考えで男にうつつを抜かし、祖父の側に居るという大切な事から
逃げた私は、 後になって深く後悔した。
所属する部が出展する模擬店を店じまいすると、私はその足でヨシロー君の
学園祭に向かった。
彼が実行委員長としてここ数ヶ月打ち込んできた学園祭を、どうしても
見たかったのだ。
忙しい彼が、私の相手をする時間などない事は百も承知で。
それでもできる限り、私を案内してくれる、 彼のそういう所が私は好き。
しかし、私が彼と言葉を交わす機会はごく少なかった。
大学の周囲の空き地には、ススキの原っぱが拡がっていた。
冷たい夜風に所在なく吹かれて、まるで私の心のようにさわさわと揺れていた。
やっぱり、 遠いなぁ…
言葉を交わし合えない距離がある。
人と人は言葉を交わし、話しをしなければ、 永遠にすれ違う。
想いはつのっても、関係を築いてゆくことは無理なのだ。
恋に患うのも、ここまでかもしれない…
何となくそう思っている私がいた。
ヨシロー君は私の案内を、 "桂さん" と "柏木さん" の二人に頼んだ。
二人とも、とても気立てのいい子だった。
その夜は、桂さんの下宿にお世話になることとなった。
初対面の3人が、近所のお風呂屋さんで仲良く湯船に浸かり、商店街の小さな
中華料理屋で、学園祭の成功を祝ってビールで祝杯をあげた。
"ヨシロー君を知る人" と話をするのは初めてだ。
彼は時に、馬鹿騒ぎをしたり徹夜で無茶をするが、 皆の事をよく考えてくれる
人なんだそうだ。
「彼が女の子と付き合ってるなんて、見た事も聞いた事もないわ。 ねぇ?」
同意を求められた柏木さんは、大きく頷く。
「うん… よしこさん連れてるの見て、びっくりした。
え〜 だれ〜? ってかんじよ」
二度と会うこともないだろう2人の女の子と私の、 誰も知らない打ち明け話は、
夜が更けるまで続いた。
心休まる時間が過ぎていった。
私が家に帰って3日後、祖父が死んだ。
疲れ切った母の顔。
学園祭での事は、思い出したくない悲しいものになってしまった。
そこで過ごした時間の分だけ、親不孝を積み重ねてしまった恥ずかしさ…
私は、両親の顔を見ることが出来なかった。
後ろめたさと悲しさが交錯し、 ごちゃごちゃになった心で、
私は、溢れては流れる想いを見つめていた。
全ては私の愚かさのせいだ。
ヨシロー君に心が糊付けされて、剥がれないからだ。
こんなに懸命に想い焦がれているのに、 なぜ報われないのだろう。
ただひたすら、報われたいと思っていたけれど…
いくら好きでも報われないことがあり、永遠に変わらないと信じていた気持ちに
自分で決着を付けねばならない時がある。
私が想うのと同じ程、ヨシロー君が私のことを想っているのではないと、
私は随分前から気付いていたのだ。
お別れの手紙を書いた。 未練は残るけどね。
自然消滅よりいい。 彼に恨みを残さずに済む。
友達や家族をないがしろにして、ええ事になるはずがない。
私は勝手にヨシロー君を "好き" になって、自由な意志で "お別れ" したわけだ。
だがそのおかげで一番えらい目に遭ったのは、当の彼 "本人" だったのだろう。
お気の毒な話である。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜ああせぇ、こうせぇ、 あれは駄目、これも駄目、
リンド夫人はホントに神経にさわりますね。
デイビーは 「やっちゃいけないと言われたことを、全部する。」 と
決めました。
しかしやってはみたものの、 後味の悪い思いに苦しむことに
なるのでした。〜
大学2年生になった私。 なんだか不自由。
自由って、何なんだ?
自分の機嫌が良い時は自由になったような気がするが、実は何も変わっては
いない。
ミッチは寮を出て、自由を謳歌しているように見える。
「男がいなきゃ、つまらないじゃないの。」
ミッチは断言。 男と付き合うのが自由の中身なのだろうか。
それじゃあ、自由な気分を味わってるに過ぎないと私は思う。
気分は長続きしないし、一生このまま楽しく遊んで暮らせるはずもない。
「お嬢様は、本当にやりたいことを何ひとつ、していらっしゃいませんでしょう」
佐竹は言うが、 やりたいことをするには、私は能力も経済力も足りないから
できないの!
佐竹は、岩手県の旧家の長男に産まれたと聞いている。
だから、何でも好きな事ができたんだ。
しかし、 それがどうして帰る家もない、しがない年金暮らしの年寄りに
成り下がってしまったのだろう。
体つきはがっしりして、土木作業や警備員の仕事で日に焼けてはいるが、
どことなく育ちの良さそうな雰囲気は、自称 "おぼっちゃま" と言うのも
まんざら作り話ではないと思えた。
私は、佐竹の "名前" を聞いたことがなかった。
佐竹は最初から "佐竹" だし、彼も呼び捨てられる事を望んだからだ。
「佐竹 一馬」。 それが本名だった。
「わたくしは、母が佐竹の父の世話になる前に産んだ、私生児でございました」
この事を知った日から、佐竹の人生は狂い始めた。
佐竹の母、百合子は、当時景気の良かった満州での商売に成功した親戚の家に、
行儀見習いに出された。
百合子は色白で、美しい顔立ちの娘だった。
両親の薦めに大人しく従って満州に旅立って行ったのだが、一年も経たないうちに
送り返されてきた。
身重の身体だった。
満州の叔父と叔母は、身持ちの悪い娘を預かれないと言ってよこした。
しかし、彼女を問いただすと驚くべき事実が明るみに出た。
なんと、満州の叔父が彼女に "手を付けた" というのだ。
叔母にさえも見て見ぬふりをされ、あげくに使用人との密通をでっち上げられて、
汚名を着せられたまま、送り返されたという話だった。
町の骨董屋で働く美しい百合子に一目惚れした佐竹の父は、この話を承知の上で
ふた回りも歳の若い彼女を "囲った" のだそうだ。
父には既に妻がいた。
しかし、病弱な妻に子供はなく、 プライドと嫉妬だけで命を繋いでいる彼女は、
百合子の存在を決して認めようとはせず、離婚して新しい人生を生きることではなく、
百合子と亭主を苦しめることを生き甲斐に選んだ。
佐竹の父は百合子の所に入り浸り、妻の所へはめったに帰らないようになった。
小作人を抱える豪農の彼と百合子の生活には、何不自由はなかったのだ。
百合子は、一馬を医者にしようと考えていたという。
"囲われ者" の子が、一人生きてゆくには職を身につけるしかない。
それも尊敬される職業でなければならない。
"囲われ者" の子、と馬鹿にされぬように。
「母は、それはもう教育熱心でございました」
佐竹は母に逆らうこともなく、言われた通りに医者になろうと熱心に
勉強に励んだ。
自分が私生児であることを知るまでは。
「ある日急に、母が汚らしい女に見えてきたのでございます。
後はお決まりの悪行三昧。 お恥ずかしい限りでございます。」
賭け事、女遊び、 悪いことはなんでもやった。
ある日、遊びで付き合った女が子供を孕んで、 首を括って死んだ。
とうとう町には居られなくなり、医者の勉強をするとかこつけて、
東京に出たのだそうだ。
「自由で楽しゅうございました。 マジメに生きておりましたら決して味わえない
ような自由でごさいますよ。
わたくしは神仏など信じておりませんから、地獄に堕ちる心配もございませんし、
産まれも育ちも卑しい身の上には、怖いものなどありませんでしょう。
どんな悪行をしても、後味が悪かった事などございませんよ。
でも、さすがに母が亡くなったと聞いた時は、正直ほっと致しました。
これで、わたくしが何処でどう野垂れ死んでも、母が知ることは
ございませんから。
わたくしの良心など、その程度のものでございます。
決して、産まれ育ちが良いから好きなことが出来たのではございません。
自分からすすんで、道を踏み外したのでございます。」
自由って、何なんだ。
道を踏み外すのも自由だというのか。
それなら、気分や機嫌に振り回されて毎日を過ごすような馬鹿者には、
自由は危険な刃物の様に思えてきた。
でも、佐竹… あなたは自由に生きたと言えるのだろうか。
卑しい生まれの自分から、自由になってはいないではないか。
あっ… そうか… 私だって同じだ。
貧乏だから、能力がないからとすぐに諦めてしまう時は、決まって後味が悪い。
逃げる時は、いつだって不自由な気持ちになる。
確かに現実的に限界はあっても、持っているものを最大限に生かすことは
できるはず。
持っている能力だけでやりたいことをするのが自由ってものなんだ。
佐竹、 私は決めたよ。
逃げないで、心の自由を求めて生きると私は決心した。
No.84 『第13章 不自由な毎日』
〜ああせぇ、こうせぇ、 あれは駄目、これも駄目、
リンド夫人はホントに神経にさわりますね。
デイビーは 「やっちゃいけないと言われたことを、全部する。」 と
決めました。
しかしやってはみたものの、 後味の悪い思いに苦しむことに
なるのでした。〜
大学2年生になった私。 なんだか不自由。
自由って、何なんだ?
自分の機嫌が良い時は自由になったような気がするが、実は何も変わっては
いない。
ミッチは寮を出て、自由を謳歌しているように見える。
「男がいなきゃ、つまらないじゃないの。」
ミッチは断言。 男と付き合うのが自由の中身なのだろうか。
それじゃあ、自由な気分を味わってるに過ぎないと私は思う。
気分は長続きしないし、一生このまま楽しく遊んで暮らせるはずもない。
「お嬢様は、本当にやりたいことを何ひとつ、していらっしゃいませんでしょう」
佐竹は言うが、 やりたいことをするには、私は能力も経済力も足りないから
できないの!
佐竹は、岩手県の旧家の長男に産まれたと聞いている。
だから、何でも好きな事ができたんだ。
しかし、 それがどうして帰る家もない、しがない年金暮らしの年寄りに
成り下がってしまったのだろう。
体つきはがっしりして、土木作業や警備員の仕事で日に焼けてはいるが、
どことなく育ちの良さそうな雰囲気は、自称 "おぼっちゃま" と言うのも
まんざら作り話ではないと思えた。
私は、佐竹の "名前" を聞いたことがなかった。
佐竹は最初から "佐竹" だし、彼も呼び捨てられる事を望んだからだ。
「佐竹 一馬」。 それが本名だった。
「わたくしは、母が佐竹の父の世話になる前に産んだ、私生児でございました」
この事を知った日から、佐竹の人生は狂い始めた。
佐竹の母、百合子は、当時景気の良かった満州での商売に成功した親戚の家に、
行儀見習いに出された。
百合子は色白で、美しい顔立ちの娘だった。
両親の薦めに大人しく従って満州に旅立って行ったのだが、一年も経たないうちに
送り返されてきた。
身重の身体だった。
満州の叔父と叔母は、身持ちの悪い娘を預かれないと言ってよこした。
しかし、彼女を問いただすと驚くべき事実が明るみに出た。
なんと、満州の叔父が彼女に "手を付けた" というのだ。
叔母にさえも見て見ぬふりをされ、あげくに使用人との密通をでっち上げられて、
汚名を着せられたまま、送り返されたという話だった。
町の骨董屋で働く美しい百合子に一目惚れした佐竹の父は、この話を承知の上で
ふた回りも歳の若い彼女を "囲った" のだそうだ。
父には既に妻がいた。
しかし、病弱な妻に子供はなく、 プライドと嫉妬だけで命を繋いでいる彼女は、
百合子の存在を決して認めようとはせず、離婚して新しい人生を生きることではなく、
百合子と亭主を苦しめることを生き甲斐に選んだ。
佐竹の父は百合子の所に入り浸り、妻の所へはめったに帰らないようになった。
小作人を抱える豪農の彼と百合子の生活には、何不自由はなかったのだ。
百合子は、一馬を医者にしようと考えていたという。
"囲われ者" の子が、一人生きてゆくには職を身につけるしかない。
それも尊敬される職業でなければならない。
"囲われ者" の子、と馬鹿にされぬように。
「母は、それはもう教育熱心でございました」
佐竹は母に逆らうこともなく、言われた通りに医者になろうと熱心に
勉強に励んだ。
自分が私生児であることを知るまでは。
「ある日急に、母が汚らしい女に見えてきたのでございます。
後はお決まりの悪行三昧。 お恥ずかしい限りでございます。」
賭け事、女遊び、 悪いことはなんでもやった。
ある日、遊びで付き合った女が子供を孕んで、 首を括って死んだ。
とうとう町には居られなくなり、医者の勉強をするとかこつけて、
東京に出たのだそうだ。
「自由で楽しゅうございました。 マジメに生きておりましたら決して味わえない
ような自由でごさいますよ。
わたくしは神仏など信じておりませんから、地獄に堕ちる心配もございませんし、
産まれも育ちも卑しい身の上には、怖いものなどありませんでしょう。
どんな悪行をしても、後味が悪かった事などございませんよ。
でも、さすがに母が亡くなったと聞いた時は、正直ほっと致しました。
これで、わたくしが何処でどう野垂れ死んでも、母が知ることは
ございませんから。
わたくしの良心など、その程度のものでございます。
決して、産まれ育ちが良いから好きなことが出来たのではございません。
自分からすすんで、道を踏み外したのでございます。」
自由って、何なんだ。
道を踏み外すのも自由だというのか。
それなら、気分や機嫌に振り回されて毎日を過ごすような馬鹿者には、
自由は危険な刃物の様に思えてきた。
でも、佐竹… あなたは自由に生きたと言えるのだろうか。
卑しい生まれの自分から、自由になってはいないではないか。
あっ… そうか… 私だって同じだ。
貧乏だから、能力がないからとすぐに諦めてしまう時は、決まって後味が悪い。
逃げる時は、いつだって不自由な気持ちになる。
確かに現実的に限界はあっても、持っているものを最大限に生かすことは
できるはず。
持っている能力だけでやりたいことをするのが自由ってものなんだ。
佐竹、 私は決めたよ。
逃げないで、心の自由を求めて生きると私は決心した。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜アンは島でお休みを過ごす間に、物語を一つ書き上げました。
ダイアナとハリソンさんはなかなか良い批評家のようです。
特にハリソンさんには、例の毒舌であっちにもこっちにもケチをつけられ、
もう二度とハリソンさんには読ませまいとアンは思うのでした。
ギルバートには?
書いたと話しただけで読ませてあげないなんて、どうしてなのかしら?〜
20歳の春、2年生に進級。
私は手紙魔と呼ばれている。 一度に便箋一冊を使い切る程だ。
父が私の "名前入り専用便箋" を印刷してくれてからは更に拍車がかかり、
量も回数も誰よりもダントツ、と思っている。
また、書いてはみたが投函しなかった手紙はもっと多い。
これも老後の楽しみに保管しとかなければ。
私は20歳から既に老後の生活に備えている、 "しっかり者" だったのかも。
この才能を有意義に使わなくてはいけない。
2年生になって、私と "斎藤女史" は新聞部員の勧誘に乗り出した。
まず、私が目をつけたのは下宿派の友人、 "ミス・クセ" 。
ミス・クセは読解力があって、添削、校正等の処理能力アリと私は見込んでいた。
夏休みの間、 私は例によって "なが〜い 手紙" を彼女に書き送り、
ミス・クセからは繊細な文字で返事が来た。
私のはたわいのない馬鹿話だが、彼女は実に理路整然と筋の通った内容で、
私は少々引け目を感じてしまう。
だが最後はいつもこう締め括ってあるから、乗せられてまた書いてしまう。
「とにかく、すぐにまた、お手紙下さいね。 お願いよ。」
私の手紙、そんなに面白い? そう書いたら返事が来た。
「私がひどく退屈している分を差し引いても、読み応えがあると
言えるでしょう。 それで、文才があるなんて勘違いしては駄目ですよ。
あなたに一流は無理ですが、三文作家くらいには成れるかも知れません。」
有難いような気はするが、決して褒めてはいない。
必要以上に喜ばせないように配慮したつもりだろうが、それでも結構喜んだ私は…
やはり "アホ" である。
予定通り新聞部に誘い、 記事は書けないが編集や校正を手伝う、という
約束を取り付けた。
最後の一人は、斎藤女史がどっかから拾ってきた。
私達が "猫むすめ" と呼んでいる、1年国文科。 丸い "猫顔" に私は惚れた。
これで三人が集まった。
しかし顧問が決まらず、 結局 "新聞部" としての成立は見送られ、
私達はまず定期的に集まって、書いたものを批評しあうことにした。
猫むすめは、厳しかった。
「よしこさん、結論を急ぎすぎるのは良くないわ。」 とか、
「よしこさんは、いつでも逃げ道つくっているでしょ。」 とか…
美しい眉と切れ長の目をキッと吊り上げて、言ってくれるのだ。
はい… おっしゃる通り、なのかも、 しれません…
が、先輩に向かって "よしこさん" はなかろうが。
結論が出るように取材してくるのが、あなたの仕事でしょ。
ネタを集めて来んかい!
今まで私は、書くという事は自分の感性を表現する事だと思ってきた。
事実に基づいて事柄を客観的に考える習慣がなかったのだ。
ましてや自分の文章に第三者の批評を頂くのは、未熟さを思い知る経験だった。
1号さえまだ出していないのに、なんだか自信がなくなった。
新聞の記事を書くのは、手紙を書くのとは勝手が違う。
社説というべきものがないと、一行も書けない。
斎藤女史は、キャリアを積んだ編集長みたいに腕組をして、フムフムと頷いて
言った。
「うちの大学のカリキュラムは、他校に比べて偏りがあるのではないかと
推測してるの。 お嬢様学校のメニューなのよ。
花の東京でも通用する内容の講義じゃない。 その辺りから攻めましょう。」
なるほど、井の中の蛙ではいけないということなのだ。
さすが、斎藤女史は違われる、 と全員一致(但し2名)で
斉藤女史を "編集長" に抜てきしたのだった。
No.83 『第12章 手痛い批評を賜る』
〜アンは島でお休みを過ごす間に、物語を一つ書き上げました。
ダイアナとハリソンさんはなかなか良い批評家のようです。
特にハリソンさんには、例の毒舌であっちにもこっちにもケチをつけられ、
もう二度とハリソンさんには読ませまいとアンは思うのでした。
ギルバートには?
書いたと話しただけで読ませてあげないなんて、どうしてなのかしら?〜
20歳の春、2年生に進級。
私は手紙魔と呼ばれている。 一度に便箋一冊を使い切る程だ。
父が私の "名前入り専用便箋" を印刷してくれてからは更に拍車がかかり、
量も回数も誰よりもダントツ、と思っている。
また、書いてはみたが投函しなかった手紙はもっと多い。
これも老後の楽しみに保管しとかなければ。
私は20歳から既に老後の生活に備えている、 "しっかり者" だったのかも。
この才能を有意義に使わなくてはいけない。
2年生になって、私と "斎藤女史" は新聞部員の勧誘に乗り出した。
まず、私が目をつけたのは下宿派の友人、 "ミス・クセ" 。
ミス・クセは読解力があって、添削、校正等の処理能力アリと私は見込んでいた。
夏休みの間、 私は例によって "なが〜い 手紙" を彼女に書き送り、
ミス・クセからは繊細な文字で返事が来た。
私のはたわいのない馬鹿話だが、彼女は実に理路整然と筋の通った内容で、
私は少々引け目を感じてしまう。
だが最後はいつもこう締め括ってあるから、乗せられてまた書いてしまう。
「とにかく、すぐにまた、お手紙下さいね。 お願いよ。」
私の手紙、そんなに面白い? そう書いたら返事が来た。
「私がひどく退屈している分を差し引いても、読み応えがあると
言えるでしょう。 それで、文才があるなんて勘違いしては駄目ですよ。
あなたに一流は無理ですが、三文作家くらいには成れるかも知れません。」
有難いような気はするが、決して褒めてはいない。
必要以上に喜ばせないように配慮したつもりだろうが、それでも結構喜んだ私は…
やはり "アホ" である。
予定通り新聞部に誘い、 記事は書けないが編集や校正を手伝う、という
約束を取り付けた。
最後の一人は、斎藤女史がどっかから拾ってきた。
私達が "猫むすめ" と呼んでいる、1年国文科。 丸い "猫顔" に私は惚れた。
これで三人が集まった。
しかし顧問が決まらず、 結局 "新聞部" としての成立は見送られ、
私達はまず定期的に集まって、書いたものを批評しあうことにした。
猫むすめは、厳しかった。
「よしこさん、結論を急ぎすぎるのは良くないわ。」 とか、
「よしこさんは、いつでも逃げ道つくっているでしょ。」 とか…
美しい眉と切れ長の目をキッと吊り上げて、言ってくれるのだ。
はい… おっしゃる通り、なのかも、 しれません…
が、先輩に向かって "よしこさん" はなかろうが。
結論が出るように取材してくるのが、あなたの仕事でしょ。
ネタを集めて来んかい!
今まで私は、書くという事は自分の感性を表現する事だと思ってきた。
事実に基づいて事柄を客観的に考える習慣がなかったのだ。
ましてや自分の文章に第三者の批評を頂くのは、未熟さを思い知る経験だった。
1号さえまだ出していないのに、なんだか自信がなくなった。
新聞の記事を書くのは、手紙を書くのとは勝手が違う。
社説というべきものがないと、一行も書けない。
斎藤女史は、キャリアを積んだ編集長みたいに腕組をして、フムフムと頷いて
言った。
「うちの大学のカリキュラムは、他校に比べて偏りがあるのではないかと
推測してるの。 お嬢様学校のメニューなのよ。
花の東京でも通用する内容の講義じゃない。 その辺りから攻めましょう。」
なるほど、井の中の蛙ではいけないということなのだ。
さすが、斎藤女史は違われる、 と全員一致(但し2名)で
斉藤女史を "編集長" に抜てきしたのだった。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜レッドモンドでの1年を終えて、アンは奨学金を手に
アヴォンリーへ帰ってきました。
変わっていないように見えた村でも何人かのお年寄りが亡くなり、
時の流れに逆らい難い変化があったのです。
そして、 古くからの友達、ルビー・ギリスが
結核で余命を宣告されていることを知ります。〜
10代最後の夏休み。
"女、三界に家なし" と言われるが、私は最初から家にツキがない。
ここが家、 懐かしい我が家って思える家だったらなぁ…。
どの家も、 "仮の宿" 。 そこには感傷はあっても、愛着がもてない。
私の選択ではなく、家の運の浮き沈みで… 何でこうなるの!
産まれた家からは10歳の時、夜逃げした。
逃げた先は襖一枚を隔てた "間借り" だから、あんなの家とも呼べない。
トイレは大家と共同。 風呂は銭湯に通った。
難民生活、と言った方が適切だ。
そうそう、 銭湯に行く代わりに、ビニールプールのお風呂に入ったっけ。
熱湯を入れるものだからビニールがヘニャヘニャになって、 数回の使用で
駄目になってしまったけど、テレビ見ながらお風呂に入れるのが良かったなぁ。
そこでは2年間暮らした。
次に越したのは、50メーター程離れた長屋。
隣の薪屋のリヤカーを借りて、荷物を運ぶ。
やっぱり、難民だわ…
でも、とりあえず風呂はあったし、薪にも不自由しなかった。
二階からの夜空の眺めは最高だった。
夏は窓辺に腰掛けて、 星空や川に飛び交う蛍を眺められる。
こんな部屋、高級旅館にだってない。 とても気に入っていたのに…
"ヨシロー君" の所から帰ってきたら、部屋の荷物がない。
私の部屋の本もレコードも、衣類も煙のごとく消えている。 机と本棚もない。
ダンボール数個が転がっているだけなのだ。
「またしても… 夜逃げなのか… 勘弁してよ… 演出し過ぎだよ… 」
祖父の病気が悪性のものと判り、長男だった父が家に帰る話はあった。
父が仕事に掛かりっきりで、兄弟姉妹達と相談をする時間がとれないままに、
祖父は入院。
母が病院に付き添っている間に、お節介やきの叔母達がトットと引越しを
始めてしまったのだ。
よりによって… 私の留守中によ! 私のこと、完全に無視してない?
「いいじゃないの、 よっちゃんは何にもしなくていいんだから」
4人の叔母達の言い草。
まるで私が居ても、何の役にも立たないと言わんばかりで腹が立つ。
「これじゃぁ、ハメられたようなものじゃないよ…」
一緒に育った叔母達に、私は親しみを感じていた。
映画を観に行った帰りは、いつもおぶってもらった。
背中におわれている間に落としてしまった縫いぐるみを、夜遅くまで探し歩いて
くれた事もあった。
夜は本を読んでもらった。
みんなと暮らして楽しかったわ。
でも今日、 私は彼らの本性がわかった気がする。
私たち家族を馬鹿にしている。
彼らが深い考えもなしに起こす騒動には、随分笑わせて頂いたけど、
今後、私の前ではお行儀良くして頂くわ。
「あんたらの都合のいいようにはされないからね。」
「大丈夫でございます、お嬢様。 私、糠床だけは一番に運んでおきましたから」
"佐竹" には、帰る家はないのだと言う。
懐かしい村や家はあっても、恥にまみれ縁を切られた身で、戻ることは
許されないのだそうだ。
「糠床の味は何処に行こうと、私の育った家の味でございますから。」
なんだか、人生の峠を越えて、 過去を振り返っているような気分になる。
孤児だった "赤毛のアン" でさえ、観光地に値する程の島の一軒屋に住んで、
愛情溢れる我が家を満喫しているっていうのに…
私は両親が揃っていて、 "コレ" よ。 親戚だって、ロクでもない連中…
難民生活の方が息が抜けて、自由に生活できたなんて、 皮肉よね。
でも、そんなおかげで "人の心がどこにあるのか" 、少しは考えられるように
なったのかもしれない。
周りで起こっている事に無頓着でいたら、ヤツらの好きにされてしまうのだ。
そんな状況も知らずに、のこのこヨシロー君に会いに行ってる場合じゃなかった。
私は悲劇のヒロインじゃない。
懐かしい我が家が欲しい、なんていう感傷もなくなった。
難民生活に慣れてる私よ。 何処に行ったって、楽しく暮らしていく自信はある。
立派な家や家族を、初めから持っている人がいるのは強烈に羨ましいが、
こう考えてみることにした。
アテになるのは自分だけ、 運命は自分で切り開くのよ。
No.82 『第11章 夏休み最後の驚き』
〜レッドモンドでの1年を終えて、アンは奨学金を手に
アヴォンリーへ帰ってきました。
変わっていないように見えた村でも何人かのお年寄りが亡くなり、
時の流れに逆らい難い変化があったのです。
そして、 古くからの友達、ルビー・ギリスが
結核で余命を宣告されていることを知ります。〜
10代最後の夏休み。
"女、三界に家なし" と言われるが、私は最初から家にツキがない。
ここが家、 懐かしい我が家って思える家だったらなぁ…。
どの家も、 "仮の宿" 。 そこには感傷はあっても、愛着がもてない。
私の選択ではなく、家の運の浮き沈みで… 何でこうなるの!
産まれた家からは10歳の時、夜逃げした。
逃げた先は襖一枚を隔てた "間借り" だから、あんなの家とも呼べない。
トイレは大家と共同。 風呂は銭湯に通った。
難民生活、と言った方が適切だ。
そうそう、 銭湯に行く代わりに、ビニールプールのお風呂に入ったっけ。
熱湯を入れるものだからビニールがヘニャヘニャになって、 数回の使用で
駄目になってしまったけど、テレビ見ながらお風呂に入れるのが良かったなぁ。
そこでは2年間暮らした。
次に越したのは、50メーター程離れた長屋。
隣の薪屋のリヤカーを借りて、荷物を運ぶ。
やっぱり、難民だわ…
でも、とりあえず風呂はあったし、薪にも不自由しなかった。
二階からの夜空の眺めは最高だった。
夏は窓辺に腰掛けて、 星空や川に飛び交う蛍を眺められる。
こんな部屋、高級旅館にだってない。 とても気に入っていたのに…
"ヨシロー君" の所から帰ってきたら、部屋の荷物がない。
私の部屋の本もレコードも、衣類も煙のごとく消えている。 机と本棚もない。
ダンボール数個が転がっているだけなのだ。
「またしても… 夜逃げなのか… 勘弁してよ… 演出し過ぎだよ… 」
祖父の病気が悪性のものと判り、長男だった父が家に帰る話はあった。
父が仕事に掛かりっきりで、兄弟姉妹達と相談をする時間がとれないままに、
祖父は入院。
母が病院に付き添っている間に、お節介やきの叔母達がトットと引越しを
始めてしまったのだ。
よりによって… 私の留守中によ! 私のこと、完全に無視してない?
「いいじゃないの、 よっちゃんは何にもしなくていいんだから」
4人の叔母達の言い草。
まるで私が居ても、何の役にも立たないと言わんばかりで腹が立つ。
「これじゃぁ、ハメられたようなものじゃないよ…」
一緒に育った叔母達に、私は親しみを感じていた。
映画を観に行った帰りは、いつもおぶってもらった。
背中におわれている間に落としてしまった縫いぐるみを、夜遅くまで探し歩いて
くれた事もあった。
夜は本を読んでもらった。
みんなと暮らして楽しかったわ。
でも今日、 私は彼らの本性がわかった気がする。
私たち家族を馬鹿にしている。
彼らが深い考えもなしに起こす騒動には、随分笑わせて頂いたけど、
今後、私の前ではお行儀良くして頂くわ。
「あんたらの都合のいいようにはされないからね。」
「大丈夫でございます、お嬢様。 私、糠床だけは一番に運んでおきましたから」
"佐竹" には、帰る家はないのだと言う。
懐かしい村や家はあっても、恥にまみれ縁を切られた身で、戻ることは
許されないのだそうだ。
「糠床の味は何処に行こうと、私の育った家の味でございますから。」
なんだか、人生の峠を越えて、 過去を振り返っているような気分になる。
孤児だった "赤毛のアン" でさえ、観光地に値する程の島の一軒屋に住んで、
愛情溢れる我が家を満喫しているっていうのに…
私は両親が揃っていて、 "コレ" よ。 親戚だって、ロクでもない連中…
難民生活の方が息が抜けて、自由に生活できたなんて、 皮肉よね。
でも、そんなおかげで "人の心がどこにあるのか" 、少しは考えられるように
なったのかもしれない。
周りで起こっている事に無頓着でいたら、ヤツらの好きにされてしまうのだ。
そんな状況も知らずに、のこのこヨシロー君に会いに行ってる場合じゃなかった。
私は悲劇のヒロインじゃない。
懐かしい我が家が欲しい、なんていう感傷もなくなった。
難民生活に慣れてる私よ。 何処に行ったって、楽しく暮らしていく自信はある。
立派な家や家族を、初めから持っている人がいるのは強烈に羨ましいが、
こう考えてみることにした。
アテになるのは自分だけ、 運命は自分で切り開くのよ。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜アン、プリシラ、フィル、そしてステラが加わり、
4人は一軒家を借りて共同生活を始める事になります。
その家は "パティーの家" 。
分別のある人として自己主張をやめ、一緒に仲良くやっていきましょう。
アンはそう決意するのでした。〜
10代最後の夏休み。
誰にも言ってないが、 私は夏休みに "ヨシロー君" のいる街に遊びに行った。
友達に話したいけど、 話すと笑われて、むしろマイナスになるという
微妙な話なのだ。
夏休み前、行きたかったロックのコンサートが彼の街であるのを知った。
しめしめ、これは絶好のチャンスと思い、 すぐさま作戦を開始。
「わざわざこんな遠くまで観にに来るなんて、ガッツがあるなぁ〜」
あ〜もう… 私って…ホントは全然、ガッツない。
夏休みに遊びに行っていい? …って聞けなかったのよ。
断られたらどうするの、 困るじゃないの。
そう、彼に会いたくて行くのだ。 コンサートなんて口実。
チケット買ってしまえば、もうこっちのもの。
彼の都合も迷惑も、全然考えてない。
それでも彼は、にこやかに駅に立って待っていてくれた。
「コンサート終わったらどうする? 帰るのか?」
と、聞かれても…
「明日帰る… 」 と答えると、 おっ ヨシロー君、ちょっと驚いている。
「ちらかってるけど、タダの部屋があるんだ」
宿泊の予約すらしていない私が案内されたのは、駅前通りのビルの一室。
ヨシロー君の父親が貸している事務所だが、空き部屋になってからは
彼が時々使っているのだそうだ。
スチール製の事務机や回転椅子が置かれた部屋は埃っぽく、うらぶれていた。
そして窓際には、古ぼけたベッドがひとつ。 テレビも冷蔵庫も、風呂もない。
ホテルじゃないんだから、当然だけど。
問題は、 "ひとつのベッドでどうやって寝るか" だ。
と言うより "そのベットで何をするか" が、最も重要なんだけどね。
だが実を言うと… それが私にわかっていたかどうかは、些か自信がない。
それまで男の子の手を握ったこともなければ、キスしたこともないのに、
"それ以上の事" が私に想像できるわけがない。
どきどきしながらベッドに入り、ごそごそと服を脱いでスリップだけになった。
部屋には他に、横になれるようなソファーもない。
このベットだけなんだから…。
「さぁ、 カモン ベイビー…」
ハイ、まさか。 そんなゆとりはなかった。
彼はサッサと私の横に入ってくると、やさしく 「おやすみ」 を言って
電気を消した。
それだけ。 ほんとに、それで、オシマイ。
…。 眠れる訳がない。
大好きな男が隣で寝ている。
シャツとパンツで… 私はスリップ姿…
何かに期待して眠れないのではない。
この状況にドキドキして、 彼と私の間にある空気を揺らさないように…
だからまんじりともできなかったのだ。
実に奇妙な、笑われるような話。
だいたい… ヨシロー!
「男だったら根性見せたらどう! 何のために○○○つけてんのよ!」
しかし、考えようによっては一歩前進したとも言える。
次に会う時まで、期待を繋げられるではないか。
帰りの列車の中で、甘い期待だけに終わってしまった愚かな自分を慰めながらも、
この事は絶対 "ハル" には言うまいと決心した。
「ほらね、やっぱり "不能" だったのよ」
ハルならこれくらいの事は平気で言ってくれる。
私の期待はコッパ微塵に砕け散る。
男を見る目と分別があれば、初めから泊まりで男のところに行ったりしない。
こんなカッコ悪い話…、お姉さま方には言われん。
それが私の、ぎりぎりの分別ってものよ。
No.81 『第10章 むしろマイナスなお話』
〜アン、プリシラ、フィル、そしてステラが加わり、
4人は一軒家を借りて共同生活を始める事になります。
その家は "パティーの家" 。
分別のある人として自己主張をやめ、一緒に仲良くやっていきましょう。
アンはそう決意するのでした。〜
10代最後の夏休み。
誰にも言ってないが、 私は夏休みに "ヨシロー君" のいる街に遊びに行った。
友達に話したいけど、 話すと笑われて、むしろマイナスになるという
微妙な話なのだ。
夏休み前、行きたかったロックのコンサートが彼の街であるのを知った。
しめしめ、これは絶好のチャンスと思い、 すぐさま作戦を開始。
「わざわざこんな遠くまで観にに来るなんて、ガッツがあるなぁ〜」
あ〜もう… 私って…ホントは全然、ガッツない。
夏休みに遊びに行っていい? …って聞けなかったのよ。
断られたらどうするの、 困るじゃないの。
そう、彼に会いたくて行くのだ。 コンサートなんて口実。
チケット買ってしまえば、もうこっちのもの。
彼の都合も迷惑も、全然考えてない。
それでも彼は、にこやかに駅に立って待っていてくれた。
「コンサート終わったらどうする? 帰るのか?」
と、聞かれても…
「明日帰る… 」 と答えると、 おっ ヨシロー君、ちょっと驚いている。
「ちらかってるけど、タダの部屋があるんだ」
宿泊の予約すらしていない私が案内されたのは、駅前通りのビルの一室。
ヨシロー君の父親が貸している事務所だが、空き部屋になってからは
彼が時々使っているのだそうだ。
スチール製の事務机や回転椅子が置かれた部屋は埃っぽく、うらぶれていた。
そして窓際には、古ぼけたベッドがひとつ。 テレビも冷蔵庫も、風呂もない。
ホテルじゃないんだから、当然だけど。
問題は、 "ひとつのベッドでどうやって寝るか" だ。
と言うより "そのベットで何をするか" が、最も重要なんだけどね。
だが実を言うと… それが私にわかっていたかどうかは、些か自信がない。
それまで男の子の手を握ったこともなければ、キスしたこともないのに、
"それ以上の事" が私に想像できるわけがない。
どきどきしながらベッドに入り、ごそごそと服を脱いでスリップだけになった。
部屋には他に、横になれるようなソファーもない。
このベットだけなんだから…。
「さぁ、 カモン ベイビー…」
ハイ、まさか。 そんなゆとりはなかった。
彼はサッサと私の横に入ってくると、やさしく 「おやすみ」 を言って
電気を消した。
それだけ。 ほんとに、それで、オシマイ。
…。 眠れる訳がない。
大好きな男が隣で寝ている。
シャツとパンツで… 私はスリップ姿…
何かに期待して眠れないのではない。
この状況にドキドキして、 彼と私の間にある空気を揺らさないように…
だからまんじりともできなかったのだ。
実に奇妙な、笑われるような話。
だいたい… ヨシロー!
「男だったら根性見せたらどう! 何のために○○○つけてんのよ!」
しかし、考えようによっては一歩前進したとも言える。
次に会う時まで、期待を繋げられるではないか。
帰りの列車の中で、甘い期待だけに終わってしまった愚かな自分を慰めながらも、
この事は絶対 "ハル" には言うまいと決心した。
「ほらね、やっぱり "不能" だったのよ」
ハルならこれくらいの事は平気で言ってくれる。
私の期待はコッパ微塵に砕け散る。
男を見る目と分別があれば、初めから泊まりで男のところに行ったりしない。
こんなカッコ悪い話…、お姉さま方には言われん。
それが私の、ぎりぎりの分別ってものよ。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
No.80 『第9章 眠りの森』
〜宵の明星のように輝く灰色の目をした、すらりと細い
赤毛の女子学生をエスコートしたいと狙っている男子学生は、
ギルバートだけではありませんでした。
出目のチャーリー・スローンでさえ、プロポーズしたくらいですから。
ギルバートは周囲の男子学生に先を越されないよう、
慎重にアンとの距離を保っているのでした。〜
私はもうすぐ20歳。
夏休みが明けると、 シスターの監視にしびれをきらした一部の寮生達の
下宿探しが始まった。
一年我慢すれば、広い部屋に移れるのに… 寮のご飯はうまいし。
下宿に移ったミッチは大満足だった。
「寮生活にはウンザリ。 高校の寮じゃ、エンピツを削るための時間まで
決められてたんだから。 先生がチリンと鈴を鳴らすと一斉にエンピツ
削って、チリンと鳴ったらまた勉強。
それによ、学校中に誰それの御像とか聖人像とかがやたらとあって、
その前を通る時は必ず会釈するキマリになってるのよ。 馬鹿みたいでしょ。
授業に遅れそうでも、トイレに急いでても、そこでピタッと "止まれ"
なんだから。
おかげで、商店街のマスコット人形とか着ぐるみにまで、つい会釈して
しまうの… 悲惨な習慣だわ。」
それは確かに難儀な寮である。
だが聖人像への礼節を守らせる前に、基本的な生活習慣を教えていないようだ。
炊事、洗濯、掃除…、 更に現金管理もできないミッチの自由とは、残念ながら
不自由としか言いようがない。
「ミッチ… 自分の世話を自分でできる、これぞ自由ってモンじゃないの?」
私はミッチに、おうどんのダシのとり方を教えながら諭した。
「う… 〜ン! ミッチ、 ガ ン バ ル !」
何をガンバルのか釈然としないが、 わかっているのは、私はミッチにとって
役に立つ友人として利用されるということだ。
「よしこちゃんて、すご〜い なんでもできるんだぁ。
いつでもお嫁に行けるわね〜」
とご機嫌をとられてね。
しかし、私は抜け目がない。 "ダシ" のとり方だけは、ミッチに仕込んだ。
これで、彼女は少なくとも "おうどん" を食べる自由だけは手に入れたわけだ。
そんなある日。
ベーシストに捨てられ…、落ち込んで、 しばらくはおとなしく家事見習いを
していたミッチに、 新しい男ができた。
しかし、なんで…? 前よりタチが悪くなってる…
"和宮" という公家のような名字の男だが、中身は遊び人とお見受けした。
「ヤキモチやきなんよ〜 それでぇ〜 私のタンポンにまで
ヤキモチやくんだから…」
ミッチ… 遊ばれてると思うよ。 前の男と同じだわ。
ミッチは私の言葉を教科書を読むように繰り返して、屋根裏のトランクに
しまい込み、 鍵をかけた。
自分で自分の世話もできないこどもだったのに、 自由で幸せだった時代を
永遠に取り戻せない世界に行ってしまったのだ。
大人になるのに、こんな胸焼けのような思いをしなければならないものなのか。
今の気持ち… 魔法使いのクソ婆に、 "毒入りリンゴ" を食べさせられたようだ。
胃袋に収めないで喉に詰まらせていれば、白雪姫のように "バク睡" して
いられたのに。
自由で束縛のない生活って… 毒リンゴだったのか?
大切にしてきた私の感受性、 こどもらしい感じ方…。
みんな毒にやられてしまったら、 私が私でなくなってしまう。
そうだ、眠りの森に隠してしまおう。 眠りの森に、時は流れない。
これで私がもし、バカな男に惹かれて "打ち勝ち難い誘惑" に負け、
心が腐ったとしても、 本当の私だけは守れるかもしれない…
私はそう思うと、 少しほっとするのだった。
赤毛の女子学生をエスコートしたいと狙っている男子学生は、
ギルバートだけではありませんでした。
出目のチャーリー・スローンでさえ、プロポーズしたくらいですから。
ギルバートは周囲の男子学生に先を越されないよう、
慎重にアンとの距離を保っているのでした。〜
私はもうすぐ20歳。
夏休みが明けると、 シスターの監視にしびれをきらした一部の寮生達の
下宿探しが始まった。
一年我慢すれば、広い部屋に移れるのに… 寮のご飯はうまいし。
下宿に移ったミッチは大満足だった。
「寮生活にはウンザリ。 高校の寮じゃ、エンピツを削るための時間まで
決められてたんだから。 先生がチリンと鈴を鳴らすと一斉にエンピツ
削って、チリンと鳴ったらまた勉強。
それによ、学校中に誰それの御像とか聖人像とかがやたらとあって、
その前を通る時は必ず会釈するキマリになってるのよ。 馬鹿みたいでしょ。
授業に遅れそうでも、トイレに急いでても、そこでピタッと "止まれ"
なんだから。
おかげで、商店街のマスコット人形とか着ぐるみにまで、つい会釈して
しまうの… 悲惨な習慣だわ。」
それは確かに難儀な寮である。
だが聖人像への礼節を守らせる前に、基本的な生活習慣を教えていないようだ。
炊事、洗濯、掃除…、 更に現金管理もできないミッチの自由とは、残念ながら
不自由としか言いようがない。
「ミッチ… 自分の世話を自分でできる、これぞ自由ってモンじゃないの?」
私はミッチに、おうどんのダシのとり方を教えながら諭した。
「う… 〜ン! ミッチ、 ガ ン バ ル !」
何をガンバルのか釈然としないが、 わかっているのは、私はミッチにとって
役に立つ友人として利用されるということだ。
「よしこちゃんて、すご〜い なんでもできるんだぁ。
いつでもお嫁に行けるわね〜」
とご機嫌をとられてね。
しかし、私は抜け目がない。 "ダシ" のとり方だけは、ミッチに仕込んだ。
これで、彼女は少なくとも "おうどん" を食べる自由だけは手に入れたわけだ。
そんなある日。
ベーシストに捨てられ…、落ち込んで、 しばらくはおとなしく家事見習いを
していたミッチに、 新しい男ができた。
しかし、なんで…? 前よりタチが悪くなってる…
"和宮" という公家のような名字の男だが、中身は遊び人とお見受けした。
「ヤキモチやきなんよ〜 それでぇ〜 私のタンポンにまで
ヤキモチやくんだから…」
ミッチ… 遊ばれてると思うよ。 前の男と同じだわ。
ミッチは私の言葉を教科書を読むように繰り返して、屋根裏のトランクに
しまい込み、 鍵をかけた。
自分で自分の世話もできないこどもだったのに、 自由で幸せだった時代を
永遠に取り戻せない世界に行ってしまったのだ。
大人になるのに、こんな胸焼けのような思いをしなければならないものなのか。
今の気持ち… 魔法使いのクソ婆に、 "毒入りリンゴ" を食べさせられたようだ。
胃袋に収めないで喉に詰まらせていれば、白雪姫のように "バク睡" して
いられたのに。
自由で束縛のない生活って… 毒リンゴだったのか?
大切にしてきた私の感受性、 こどもらしい感じ方…。
みんな毒にやられてしまったら、 私が私でなくなってしまう。
そうだ、眠りの森に隠してしまおう。 眠りの森に、時は流れない。
これで私がもし、バカな男に惹かれて "打ち勝ち難い誘惑" に負け、
心が腐ったとしても、 本当の私だけは守れるかもしれない…
私はそう思うと、 少しほっとするのだった。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
No.79 『第8章 退屈な夏休み 後半』
〜アンは初めて、プロポーズされます。
申し込んだのは友人であるジェーンの兄、ビリー。
遊びに来たジェーンが、兄に代わってこの話を持ってきたのです。
しかもその上、アンに断られたらブリューエット家の娘を貰うと
決めている、 というのです。
プロポーズに描いていた、アンの薔薇色の夢は壊され、
後はもう、笑うしかないアンなのでした。〜
もうすぐ20歳の私。
なんとも思ってない、 いや、むしろどっかへ消えてほしい男に周りを
うろつかれたところで、 結局めんどくさいだけ。
残るのは疲労感と自己嫌悪でしかない。
私を、日差しの爽やかな緑の公園に誘った男、 グリークラブの部長。
誠実そうで清潔感溢れる、銀縁メガネに騙された。
「どうだい、僕って素敵だろ?」 と身体中でモノを言ってるような人。
で、自分の事ばかり聞かされて、あくびが出る。
声を掛けてやったんだから、付き合うのが当たり前みたいな、
妙な口説き言葉にウンザリ。
適当な口実を作って、それ以後のお誘いは断った。
すると今度は、 「じゃ、あの時なんで来たんだ?」 と、逆ギレ。
アンタ、私以外にも何人か呼び出したでしょうが。 調べはついてるんだから。
そりゃ私だって女だし、ちょっとした魅惑的光線くらい出すわよ。
勝手に勘違いしておいて、思わせぶりな態度をとる私が悪いみたいに言わないで。
なんなら、はっきり言ってもいいのよ。
「あなたは最初っからナシです」
大体、女子大生を恋愛の対象としか見ない男が多すぎる。
「どう、俺とつきあわない?」
その "付き合う内容" がイカガワシイからナシなんだよッ!
お願いだから "下心モッコリ光線" を出さないでほしい…。
しかし、まるでイカガワシクなくてもナシという、 非常に残念なケースもある。
夏休みも終わる頃、ハルの幼友達が通っている医大の "なんとやらを記念する"
ダンスパーティーに、ハルと二人で出かけた。
会場になる学生会館は、赤レンガ造りの古風な建物だった。
しかし、一歩入るとそこでは既に、強烈なロックのライブが始まっていた。
ハルが幼友達と、そのツレの男を紹介してくれた。
そのツレが私を今夜エスコートしてくれることになっている、と私は聞いていた。
黒縁メガネにカジュアルなスーツ姿の "ツレ" は、紹介によれば優秀な医学生
なのだそうだ。
「へ〜 これがねぇ…」
それにしても、踊りっぷりが… ものすごい…
ロックと言うより、阿波踊りみたいな…
バンドの演奏が "ハイウェイスター" になったその時、 ツレは狂ったように
踊り始め、黒縁メガネは床にぶっ飛び、 私とツレの周りの人並みは
サット引き潮。
ぽっかり開いた丸い空き地に踊り狂う、ツレ。
たじたじともじもじと、ステップを踏む私に、 彼は叫んだ。
「ボクはバカですから〜 」
「はぁあ? なに?」
「ば か で す か ら ぁ 〜 」
叫ばんでもええ。 見ればわかる。
ふと見ると隣では、ハルが幼友達に腰を抱かれて、互いの耳元で笑いながら
ささやき合っているではないか。
それに引き換え、私のツレときたら… 私の事なんか全然見もせず、ほとんど
陶酔状態で踊り続けている。
「アンタ、エスコートの意味わかってんの?」
バンド交代の休憩時間にツレを廊下につまみ出して、私はアネゴ風を吹かせた。
「はい?」
マヌケな返事してくれるじゃないの。
「このパーティーじゃ、残念ながら私とアンタはカップルなのよ。
私をほったらかしで、一人で悦に入って踊ってんじゃないわよ。」
曇ったメガネのせいでますますマヌケに見えて、また腹が立つ。
「ハルだって、幼友達だから全然恋愛感情なんかないのに、恋人みたいに
踊ってるじゃないよ。 アンタはね、気が利かないのよっ!」
「そうかぁ〜 でもロック好きなんだろ? ブワッ〜とやろうよ」
むかつく…
再び鳴り始めたドラムの音にせかされた人波に乗って、私達はフロアに
押し出されていた。
もう黒縁メガネとは踊らないことにした。 その方がせいせいする。
思いっきり踊って、お気に入りの茶色のワンピースもぐちゃぐちゃになったけど、
令嬢の柄じゃない、と認めて頂いたので気が楽だ。
女のヤル気光線は時と場所、いや相手を選べってことよ。
帰り際、後ろの方から黒縁メガネの声が聞こえた。
「今日は楽しかったなぁ〜」
見ると、大汗かいて真っ赤な顔。
ヤツにとっては、 吹っ飛んだメガネなど、もうどうでもいいらしい。
こういう男達との出会いを重ねるたびに、乙女は女になっていくものだと…。
もうじき20歳のよしこ、 きっちり教えてもらいましたで。
申し込んだのは友人であるジェーンの兄、ビリー。
遊びに来たジェーンが、兄に代わってこの話を持ってきたのです。
しかもその上、アンに断られたらブリューエット家の娘を貰うと
決めている、 というのです。
プロポーズに描いていた、アンの薔薇色の夢は壊され、
後はもう、笑うしかないアンなのでした。〜
もうすぐ20歳の私。
なんとも思ってない、 いや、むしろどっかへ消えてほしい男に周りを
うろつかれたところで、 結局めんどくさいだけ。
残るのは疲労感と自己嫌悪でしかない。
私を、日差しの爽やかな緑の公園に誘った男、 グリークラブの部長。
誠実そうで清潔感溢れる、銀縁メガネに騙された。
「どうだい、僕って素敵だろ?」 と身体中でモノを言ってるような人。
で、自分の事ばかり聞かされて、あくびが出る。
声を掛けてやったんだから、付き合うのが当たり前みたいな、
妙な口説き言葉にウンザリ。
適当な口実を作って、それ以後のお誘いは断った。
すると今度は、 「じゃ、あの時なんで来たんだ?」 と、逆ギレ。
アンタ、私以外にも何人か呼び出したでしょうが。 調べはついてるんだから。
そりゃ私だって女だし、ちょっとした魅惑的光線くらい出すわよ。
勝手に勘違いしておいて、思わせぶりな態度をとる私が悪いみたいに言わないで。
なんなら、はっきり言ってもいいのよ。
「あなたは最初っからナシです」
大体、女子大生を恋愛の対象としか見ない男が多すぎる。
「どう、俺とつきあわない?」
その "付き合う内容" がイカガワシイからナシなんだよッ!
お願いだから "下心モッコリ光線" を出さないでほしい…。
しかし、まるでイカガワシクなくてもナシという、 非常に残念なケースもある。
夏休みも終わる頃、ハルの幼友達が通っている医大の "なんとやらを記念する"
ダンスパーティーに、ハルと二人で出かけた。
会場になる学生会館は、赤レンガ造りの古風な建物だった。
しかし、一歩入るとそこでは既に、強烈なロックのライブが始まっていた。
ハルが幼友達と、そのツレの男を紹介してくれた。
そのツレが私を今夜エスコートしてくれることになっている、と私は聞いていた。
黒縁メガネにカジュアルなスーツ姿の "ツレ" は、紹介によれば優秀な医学生
なのだそうだ。
「へ〜 これがねぇ…」
それにしても、踊りっぷりが… ものすごい…
ロックと言うより、阿波踊りみたいな…
バンドの演奏が "ハイウェイスター" になったその時、 ツレは狂ったように
踊り始め、黒縁メガネは床にぶっ飛び、 私とツレの周りの人並みは
サット引き潮。
ぽっかり開いた丸い空き地に踊り狂う、ツレ。
たじたじともじもじと、ステップを踏む私に、 彼は叫んだ。
「ボクはバカですから〜 」
「はぁあ? なに?」
「ば か で す か ら ぁ 〜 」
叫ばんでもええ。 見ればわかる。
ふと見ると隣では、ハルが幼友達に腰を抱かれて、互いの耳元で笑いながら
ささやき合っているではないか。
それに引き換え、私のツレときたら… 私の事なんか全然見もせず、ほとんど
陶酔状態で踊り続けている。
「アンタ、エスコートの意味わかってんの?」
バンド交代の休憩時間にツレを廊下につまみ出して、私はアネゴ風を吹かせた。
「はい?」
マヌケな返事してくれるじゃないの。
「このパーティーじゃ、残念ながら私とアンタはカップルなのよ。
私をほったらかしで、一人で悦に入って踊ってんじゃないわよ。」
曇ったメガネのせいでますますマヌケに見えて、また腹が立つ。
「ハルだって、幼友達だから全然恋愛感情なんかないのに、恋人みたいに
踊ってるじゃないよ。 アンタはね、気が利かないのよっ!」
「そうかぁ〜 でもロック好きなんだろ? ブワッ〜とやろうよ」
むかつく…
再び鳴り始めたドラムの音にせかされた人波に乗って、私達はフロアに
押し出されていた。
もう黒縁メガネとは踊らないことにした。 その方がせいせいする。
思いっきり踊って、お気に入りの茶色のワンピースもぐちゃぐちゃになったけど、
令嬢の柄じゃない、と認めて頂いたので気が楽だ。
女のヤル気光線は時と場所、いや相手を選べってことよ。
帰り際、後ろの方から黒縁メガネの声が聞こえた。
「今日は楽しかったなぁ〜」
見ると、大汗かいて真っ赤な顔。
ヤツにとっては、 吹っ飛んだメガネなど、もうどうでもいいらしい。
こういう男達との出会いを重ねるたびに、乙女は女になっていくものだと…。
もうじき20歳のよしこ、 きっちり教えてもらいましたで。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜初めての冬休み。
フィルは豪華絢爛たる社交界の待つ、ボリングブロークに
アンを誘います。
しかし、アンはそれを断り、懐かしいアヴォンリーへ戻ります。
グリーン・ゲーブルズは世界でただ一つの、
愛情溢れる我が家だったからです。〜
大学1年、初めての夏休み。
私の家は一本調子。 お客も来なければ、事件も起こらない。
せいぜい妹を泣かすくらい。
「うわっ! かわいい〜 スイカみたい!」
妹がバッグを買ってきた。
スイカを切ったような半円形で、色がスイカ色なのだ。
私は本気で褒めたつもりなのに… 新調したバッグにケチを付けられたと、
妹は泣き出した。
「もう… スイカにしか見えないもん…」 と、いつまでもめそめそしている。
あ〜 めんどくさい…
大学の友達は郷里へ帰ってしまった。 つまらん…。
誰もいない小学校で、キンコンカンコンと鳴るチャイムが暑苦しい。
見慣れた部屋の壁は他人行儀にむっつり黙り込んで、ちっとも話し掛けては
くれない。
夜になると、鉄橋を渡る列車の音が遠い友達を思い出させる。
「 … あの夜の事は悪かったと思うけど、僕、本気じゃなかったんだ…」
ライブで知り合ったベーシストは、ミッチに酷い言葉を残して去っていった。
男ができたって、あんなに喜んでいたのに。
急に冷たくなった彼を問い詰めた結果が、この言葉。
「このままずっと調子を合わせられるよりはいいわ。」
そう言って、ミッチは九州へ帰っていった。
しばらくして、ミッチから長い手紙が届いた。
毎朝お風呂に入って、髪を洗い、 紅茶を入れて大好きなロックを聴いていると、
フツウの綺麗な女の子になったような気になってくるそうだ。
そして、あの男と女(両親)の間に生まれ、こんな環境に育った罪悪感も不安も、
消えていくように思える… と。
ミッチの父親は、隣町で愛人にスナックをやらせているらしい。
スナックに飲みに行く父親について行ったそうだ。
文字通り、 「パパと同伴出勤…」 だって?
手紙を読み終えて、私はなんだか納得出来ない。
そんな所に行っちゃいけないよ、ミッチ。
だって… そんなの、おかしいではないか。
父親に愛人がいて、家族はそのことを知りながら平穏を装っている、と
いうことになる。
つまりは愛人の存在を認めているのと同じだ。
何でそんなことができるんだろう。
父親と同伴する娘を、母親は冷静に見ていられるはずがないのに。
むごい…
本心では不安や恐怖があるのに隠していると、私の心は衰弱する。
蝕まれていく様な気がするのだ。
そのくせ事を明るみに出すのが怖くて、知りたいことも黙って聞かずにおいて
しまう。
私の事をどう思っているの? 私の事好き? 私って、うっとうしい?
とは言え、 事実を知れば知ったで、受け止めきれなくて壊れてしまう。
生きているのは悲しいなぁ… 私はそう思わずにはいられない。
ミッチは手紙の最後をこう締めくくった。
「私の帰るべきところは、土の中。 それが、救い…」
モテ時に乗じて男をつくろうと意欲に燃えていたミッチは、すっかり意気消沈。
だが、侮り難きは "男の愚かさ" だ。 ミッチが悪いのではない。
そんな夏の真っ盛り、 私はミッチをオモチャにしたベーシストを発見。
このクソ暑いのに、皮ジャンかよ!
伸ばした髪が首に張り付いて、いかにも汚らしい男だ。 私は迷わず尾行を開始。
ヤツが貧しい買い物をしている間に、佐竹に連絡。
「なぁ、女たらし以上に下品な言葉ってなに?」
「スケコマシでございましょう。」
さすが。 佐竹は物知りだ。
さっそく、その言葉を書いた紙とセロテープを持って来るよう依頼。
ほどなく佐竹は、万事抜かりなくブツを持って駆けつけた。
貧しい買い物をレジ袋に入れるヤツの背後に忍び寄り、 皮ジャンの背中に
マンマと紙を貼り付けるのに成功した。
「スケコマシ」
その文字は堂々たる達筆で書かれていた。 それも毛筆で。
No.78 『第7章 退屈な夏休み』
〜初めての冬休み。
フィルは豪華絢爛たる社交界の待つ、ボリングブロークに
アンを誘います。
しかし、アンはそれを断り、懐かしいアヴォンリーへ戻ります。
グリーン・ゲーブルズは世界でただ一つの、
愛情溢れる我が家だったからです。〜
大学1年、初めての夏休み。
私の家は一本調子。 お客も来なければ、事件も起こらない。
せいぜい妹を泣かすくらい。
「うわっ! かわいい〜 スイカみたい!」
妹がバッグを買ってきた。
スイカを切ったような半円形で、色がスイカ色なのだ。
私は本気で褒めたつもりなのに… 新調したバッグにケチを付けられたと、
妹は泣き出した。
「もう… スイカにしか見えないもん…」 と、いつまでもめそめそしている。
あ〜 めんどくさい…
大学の友達は郷里へ帰ってしまった。 つまらん…。
誰もいない小学校で、キンコンカンコンと鳴るチャイムが暑苦しい。
見慣れた部屋の壁は他人行儀にむっつり黙り込んで、ちっとも話し掛けては
くれない。
夜になると、鉄橋を渡る列車の音が遠い友達を思い出させる。
「 … あの夜の事は悪かったと思うけど、僕、本気じゃなかったんだ…」
ライブで知り合ったベーシストは、ミッチに酷い言葉を残して去っていった。
男ができたって、あんなに喜んでいたのに。
急に冷たくなった彼を問い詰めた結果が、この言葉。
「このままずっと調子を合わせられるよりはいいわ。」
そう言って、ミッチは九州へ帰っていった。
しばらくして、ミッチから長い手紙が届いた。
毎朝お風呂に入って、髪を洗い、 紅茶を入れて大好きなロックを聴いていると、
フツウの綺麗な女の子になったような気になってくるそうだ。
そして、あの男と女(両親)の間に生まれ、こんな環境に育った罪悪感も不安も、
消えていくように思える… と。
ミッチの父親は、隣町で愛人にスナックをやらせているらしい。
スナックに飲みに行く父親について行ったそうだ。
文字通り、 「パパと同伴出勤…」 だって?
手紙を読み終えて、私はなんだか納得出来ない。
そんな所に行っちゃいけないよ、ミッチ。
だって… そんなの、おかしいではないか。
父親に愛人がいて、家族はそのことを知りながら平穏を装っている、と
いうことになる。
つまりは愛人の存在を認めているのと同じだ。
何でそんなことができるんだろう。
父親と同伴する娘を、母親は冷静に見ていられるはずがないのに。
むごい…
本心では不安や恐怖があるのに隠していると、私の心は衰弱する。
蝕まれていく様な気がするのだ。
そのくせ事を明るみに出すのが怖くて、知りたいことも黙って聞かずにおいて
しまう。
私の事をどう思っているの? 私の事好き? 私って、うっとうしい?
とは言え、 事実を知れば知ったで、受け止めきれなくて壊れてしまう。
生きているのは悲しいなぁ… 私はそう思わずにはいられない。
ミッチは手紙の最後をこう締めくくった。
「私の帰るべきところは、土の中。 それが、救い…」
モテ時に乗じて男をつくろうと意欲に燃えていたミッチは、すっかり意気消沈。
だが、侮り難きは "男の愚かさ" だ。 ミッチが悪いのではない。
そんな夏の真っ盛り、 私はミッチをオモチャにしたベーシストを発見。
このクソ暑いのに、皮ジャンかよ!
伸ばした髪が首に張り付いて、いかにも汚らしい男だ。 私は迷わず尾行を開始。
ヤツが貧しい買い物をしている間に、佐竹に連絡。
「なぁ、女たらし以上に下品な言葉ってなに?」
「スケコマシでございましょう。」
さすが。 佐竹は物知りだ。
さっそく、その言葉を書いた紙とセロテープを持って来るよう依頼。
ほどなく佐竹は、万事抜かりなくブツを持って駆けつけた。
貧しい買い物をレジ袋に入れるヤツの背後に忍び寄り、 皮ジャンの背中に
マンマと紙を貼り付けるのに成功した。
「スケコマシ」
その文字は堂々たる達筆で書かれていた。 それも毛筆で。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜ギルバートはアンを愛しています。
それは、友情以上の愛でした。
しかし、彼がそれを匂わせるようなそぶりを見せると、
アンにとっては "危険信号" 。
話をはぐらかしてしまいます。〜
私は、大学1年生。
「その方は、お嬢様を好いておられるようですね。」
また余計な事を、佐竹は確信を持って私に進言した。
近隣の大学との交流を目的とした、ピクニックが企画された。
早い話が、 "ゴウコン" 。
誰が考えたか知らないが、高校生の遠足でもしたことのないようなゲームを
させられ、 幼稚園児のように芝生に座ってお弁当を食べさせられた。
お尻がめちゃくちゃ冷える。
「寒いさかい、ベンチに座らへんかぁ?」
なんじゃ、このコテコテの大阪弁。 それが、セイスケだった。
四角い顔に一重で吊り上がった目、少々ずんぐりした鼻がついて、
唇を洗濯ばさみで止めたみたいにとがらせている。
顔もコテコテの大阪府民である。
「やっぱり来るんじゃなかったわ。 男ほしさに、馬鹿みたいなゲームしてさ、
なんかサモシイじゃないの。」
馬鹿面さげた大学生をメタメタに殴りたい気分。
「そないに考えんかてえんちゃう? 友達つくりや思うたらええねん。」
そしてセイスケは、まんまと友達つくりに成功したのだ。
「なぁ、よっちゃん。」
よっちゃんはやめろと何度注意しても、 「やっぱり、よっちゃんやんかぁ」 と
しつこく呼び続ける性格がうっとうしい。
しょっちゅう電話を掛けてきて、長々としゃべる。
全く疲れを見せずに、何キロも歩いて家に遊びに来る。
バイト先の喫茶店の前をうろうろして、偶然通りかかったような
見え透いた演技をする。
なんもかんもがイジましい男だった。
「しかし、セイスケ様はお優しい方とお見受けいたしますが…
遠くの恋人より、近くの友と申しますから。」
佐竹… それを言うなら "遠くの親戚より近くの他人" やんか。
お〜嫌だ。 大阪弁がうつっている。
私にはヨシロー君という大好きな人がいることをセイスケに話した。
「そうかぁ… そいつが好きなんかぁ… しゃあないなぁ…
せや、これから "お化け屋敷" 行かへんか?」
恐るべし、大阪府民。
「怖ないでぇ。 ワシにしがみついたらええ。」
はいはい、友達としてしがみつかせて頂きまひょ。
セイスケがどんな気持ちでいるのかさっぱり見当がつかない、
私はそんなフリをし続けていた。
佐竹に言われなくても、セイスケの気持ちはわかっている。
それでいて、気付かぬフリをしなければならないのはセイスケのせいだ。
友達としてのセイスケなら、私だって神経質にならなくて済むのだ。
ある日、遊びに来たセイスケを私は追い返した。
私が不機嫌なのを見て取ると、彼は何も言わずに立ち去ったが、
しばらくして電話がかかってきた。
公衆電話からだった。
「ヨシロー君との恋に狂ってるんか?」
「私が誰に狂ってようが、あなたには関係ないことだわ。」
セイスケ… それこそ "危険信号" 、というか "地雷" を踏んだのはアンタよ。
これでアンタとの仮面の友情とも決別だわ。
うっとうしいけど、まるで嫌いでもなかった友達のセイスケを、
私は心底嫌になった。
女同士の友達では有り得ないような別れ方だ…
と思ったのもつかの間、 しばらくすると何も無かった様に
セイスケは、またやって来た。
「ゆうてなかったけど、大阪に帰っとったんや。
電話も出来ひんでごめんな。 お土産持ってきたったで。」
うぇ〜ん、 アンタはいなくなったともんと思っておりましたのに…
セイスケ… アンタも私と同じや。 納得するまで諦められへんのやな…
私もアンタも、うっとうしがられるタイプやわぁ。
"同類相憐れむ" ゆうやっちゃな。
せやからゆうて… あんたの事は友達以上にはどうしても考えられへんねん。
No.77 『第6章 仮面の友情』
〜ギルバートはアンを愛しています。
それは、友情以上の愛でした。
しかし、彼がそれを匂わせるようなそぶりを見せると、
アンにとっては "危険信号" 。
話をはぐらかしてしまいます。〜
私は、大学1年生。
「その方は、お嬢様を好いておられるようですね。」
また余計な事を、佐竹は確信を持って私に進言した。
近隣の大学との交流を目的とした、ピクニックが企画された。
早い話が、 "ゴウコン" 。
誰が考えたか知らないが、高校生の遠足でもしたことのないようなゲームを
させられ、 幼稚園児のように芝生に座ってお弁当を食べさせられた。
お尻がめちゃくちゃ冷える。
「寒いさかい、ベンチに座らへんかぁ?」
なんじゃ、このコテコテの大阪弁。 それが、セイスケだった。
四角い顔に一重で吊り上がった目、少々ずんぐりした鼻がついて、
唇を洗濯ばさみで止めたみたいにとがらせている。
顔もコテコテの大阪府民である。
「やっぱり来るんじゃなかったわ。 男ほしさに、馬鹿みたいなゲームしてさ、
なんかサモシイじゃないの。」
馬鹿面さげた大学生をメタメタに殴りたい気分。
「そないに考えんかてえんちゃう? 友達つくりや思うたらええねん。」
そしてセイスケは、まんまと友達つくりに成功したのだ。
「なぁ、よっちゃん。」
よっちゃんはやめろと何度注意しても、 「やっぱり、よっちゃんやんかぁ」 と
しつこく呼び続ける性格がうっとうしい。
しょっちゅう電話を掛けてきて、長々としゃべる。
全く疲れを見せずに、何キロも歩いて家に遊びに来る。
バイト先の喫茶店の前をうろうろして、偶然通りかかったような
見え透いた演技をする。
なんもかんもがイジましい男だった。
「しかし、セイスケ様はお優しい方とお見受けいたしますが…
遠くの恋人より、近くの友と申しますから。」
佐竹… それを言うなら "遠くの親戚より近くの他人" やんか。
お〜嫌だ。 大阪弁がうつっている。
私にはヨシロー君という大好きな人がいることをセイスケに話した。
「そうかぁ… そいつが好きなんかぁ… しゃあないなぁ…
せや、これから "お化け屋敷" 行かへんか?」
恐るべし、大阪府民。
「怖ないでぇ。 ワシにしがみついたらええ。」
はいはい、友達としてしがみつかせて頂きまひょ。
セイスケがどんな気持ちでいるのかさっぱり見当がつかない、
私はそんなフリをし続けていた。
佐竹に言われなくても、セイスケの気持ちはわかっている。
それでいて、気付かぬフリをしなければならないのはセイスケのせいだ。
友達としてのセイスケなら、私だって神経質にならなくて済むのだ。
ある日、遊びに来たセイスケを私は追い返した。
私が不機嫌なのを見て取ると、彼は何も言わずに立ち去ったが、
しばらくして電話がかかってきた。
公衆電話からだった。
「ヨシロー君との恋に狂ってるんか?」
「私が誰に狂ってようが、あなたには関係ないことだわ。」
セイスケ… それこそ "危険信号" 、というか "地雷" を踏んだのはアンタよ。
これでアンタとの仮面の友情とも決別だわ。
うっとうしいけど、まるで嫌いでもなかった友達のセイスケを、
私は心底嫌になった。
女同士の友達では有り得ないような別れ方だ…
と思ったのもつかの間、 しばらくすると何も無かった様に
セイスケは、またやって来た。
「ゆうてなかったけど、大阪に帰っとったんや。
電話も出来ひんでごめんな。 お土産持ってきたったで。」
うぇ〜ん、 アンタはいなくなったともんと思っておりましたのに…
セイスケ… アンタも私と同じや。 納得するまで諦められへんのやな…
私もアンタも、うっとうしがられるタイプやわぁ。
"同類相憐れむ" ゆうやっちゃな。
せやからゆうて… あんたの事は友達以上にはどうしても考えられへんねん。
赤毛のアン 〜毎日読むアン〜
〜名士の令嬢である友人、フィル(フィリッパ)のおかげで、
レッドモンドの社交界にすんなり入れたアン。
他の1年生の羨望の的になります。
男子学生を取り巻きに従える、フィル。
しかし頭のいいフィルは、ギルバートがアンに夢中なのを
見抜いていました。〜
私は、大学1年生。
この大学に社交界などない。
ラウンジでの井戸端会議が社交の全てだが、慣れてくると派閥のようなものが
ある事に気付く。
下宿派、寮派、 自宅派の三派。
下宿派には何となく一人暮らしの生活臭が漂っており、自宅から通うお嬢様とは
違う独特の匂いで、それとわかる。
社交の幅を広げるには、下宿派の女と知り合いになることだ。
彼女達の部屋は、単位の攻略から男の子の攻略まであらゆる分野に関する
"談合" の場であり、 更に新しい友人と出会える一種の "アジト" のような
役割を果たしていた。
九州出身のミッチの下宿は、お好み焼き屋の二階。
頬骨が高く、笑うと唇の両端がキュッと上がる彼女は、大学進学の目的は
男を沢山つくって遊ぶ事、と明確だ。
「私の顔、九州顔でしょ? この手は九州にはゴロゴロしてるけど、
本土では珍しいから。 今が人生最大のモテどきなんよ。」
はい、確かに。 私もあんたの顔には惹かれる。
ミッチの下宿で知り合ったアメリカ帰りのハルは、 私と同じ年生まれで、
誕生日が3日早い。
1年生とは思えない、落ち着きのある大人っぽい女だった。
「私、アメリカで結婚するつもりの人がいたのよ。 でも、おばあちゃまが
倒れたって騙されて。 帰国したらそのままお縄になって、大学に戻れって
言われたの。 皇族御用達の大学には戻りたくないから、彼と別れるのと
引き換えにここを選んだってわけ。」
合格祝いの電話を貰って以来、 私と京都のヨシロー君とは友達付き合いが
始まっていた。
私は彼に宛てて、月に一度は膨大な枚数の手紙を送り付けたが、
返事はめったに来ない。
その日もミッチにグチったり、のろけたりで騒いでいたのだった。
ハルはごく自然な仕草でたばこをバッグから取り出して、火を付けた。
そして、 「あなたは… 」 と切り出した。
私は、ぎくっとした。 ハルは軽々と人を見抜く目を持っていた。
「あなたは、そのヨシロー君とやらを好きな自分が好きなのよ。
一種のナルシストね。 それ、恋愛でも愛でもなんでもないわ。」
心にも無い慰めを言われるよりいいが、ハルの冷たい言葉に私はカチンときた。
ナルシストですって!
自分勝手な恋愛願望で、ヨシロー君を利用してなんかいない。
「私のどこがジコチューだっていうのよ!」
「じゃ、好きと言われたの?」
痛いところを突かれてしまった。
好きだと言われてはないが、彼は私の気持ちを知っているはず。
目には見えない、耳でも聞けない事を私は感じるからわかるのだ。
「私を大切にしてくれているのよ。」 私はムキになった。
「よしこさん… 若い男なら好きな女を抱きたいと思って当たり前でしょ。
何もないなんて、ヨシロー君、病気かもしれないわよ。」
失礼な! ヨシロー君のことまで酷く言うのは許さん。
「結婚しようと思ってたんなら、またアメリカに帰れば!」
「追いかけても来ないような男よ。 そんな男、追いかけてどうなるの… 」
あくまでクールなハル。
「私なら、納得するまで追いかけるわ。」
ハルはちょっと笑って、 「あなたならね。」 と言った。
ヨシロー君への想いが私の "独りよがり" かもしれないって事は、
心の底では気付いていた。
でも認めれば、私自身が壊れてしまう。
認めたくない事をハルは口に出しただけなのだ。
ハルにバッサリ斬られてかなり痛かったけど、私は諦めたりしない。
本当の事がわかるまで、止めたりはしない。
「キチガイじみてるけど、あなたって面白いわ。」 ハルが言った。
こうして、先祖代々続いた庶民の私は、金持ちで美人で頭のいいハルと友達に
なった。
青春時代には、 相手とエネルギーを交換したり、利用したりすることで、
自分自身の膨らみすぎた力を放出しようとするものなのかもしれない。
それは時として、相手の気持ちを汲み取れず、自分勝手に暴走してしまう
悲しさがある。
うわべは無邪気に楽しく遊んでいるように見えても、心の底では寂しさを
溜め込んでいる。
だから何かに強烈に引き付けられ、情熱を注ぎ込まずにはおられないのだ。
見かけはクールなハルだって同じだ、と私は思った。
No.76 『第5章 大学の社交界を知る』
〜名士の令嬢である友人、フィル(フィリッパ)のおかげで、
レッドモンドの社交界にすんなり入れたアン。
他の1年生の羨望の的になります。
男子学生を取り巻きに従える、フィル。
しかし頭のいいフィルは、ギルバートがアンに夢中なのを
見抜いていました。〜
私は、大学1年生。
この大学に社交界などない。
ラウンジでの井戸端会議が社交の全てだが、慣れてくると派閥のようなものが
ある事に気付く。
下宿派、寮派、 自宅派の三派。
下宿派には何となく一人暮らしの生活臭が漂っており、自宅から通うお嬢様とは
違う独特の匂いで、それとわかる。
社交の幅を広げるには、下宿派の女と知り合いになることだ。
彼女達の部屋は、単位の攻略から男の子の攻略まであらゆる分野に関する
"談合" の場であり、 更に新しい友人と出会える一種の "アジト" のような
役割を果たしていた。
九州出身のミッチの下宿は、お好み焼き屋の二階。
頬骨が高く、笑うと唇の両端がキュッと上がる彼女は、大学進学の目的は
男を沢山つくって遊ぶ事、と明確だ。
「私の顔、九州顔でしょ? この手は九州にはゴロゴロしてるけど、
本土では珍しいから。 今が人生最大のモテどきなんよ。」
はい、確かに。 私もあんたの顔には惹かれる。
ミッチの下宿で知り合ったアメリカ帰りのハルは、 私と同じ年生まれで、
誕生日が3日早い。
1年生とは思えない、落ち着きのある大人っぽい女だった。
「私、アメリカで結婚するつもりの人がいたのよ。 でも、おばあちゃまが
倒れたって騙されて。 帰国したらそのままお縄になって、大学に戻れって
言われたの。 皇族御用達の大学には戻りたくないから、彼と別れるのと
引き換えにここを選んだってわけ。」
合格祝いの電話を貰って以来、 私と京都のヨシロー君とは友達付き合いが
始まっていた。
私は彼に宛てて、月に一度は膨大な枚数の手紙を送り付けたが、
返事はめったに来ない。
その日もミッチにグチったり、のろけたりで騒いでいたのだった。
ハルはごく自然な仕草でたばこをバッグから取り出して、火を付けた。
そして、 「あなたは… 」 と切り出した。
私は、ぎくっとした。 ハルは軽々と人を見抜く目を持っていた。
「あなたは、そのヨシロー君とやらを好きな自分が好きなのよ。
一種のナルシストね。 それ、恋愛でも愛でもなんでもないわ。」
心にも無い慰めを言われるよりいいが、ハルの冷たい言葉に私はカチンときた。
ナルシストですって!
自分勝手な恋愛願望で、ヨシロー君を利用してなんかいない。
「私のどこがジコチューだっていうのよ!」
「じゃ、好きと言われたの?」
痛いところを突かれてしまった。
好きだと言われてはないが、彼は私の気持ちを知っているはず。
目には見えない、耳でも聞けない事を私は感じるからわかるのだ。
「私を大切にしてくれているのよ。」 私はムキになった。
「よしこさん… 若い男なら好きな女を抱きたいと思って当たり前でしょ。
何もないなんて、ヨシロー君、病気かもしれないわよ。」
失礼な! ヨシロー君のことまで酷く言うのは許さん。
「結婚しようと思ってたんなら、またアメリカに帰れば!」
「追いかけても来ないような男よ。 そんな男、追いかけてどうなるの… 」
あくまでクールなハル。
「私なら、納得するまで追いかけるわ。」
ハルはちょっと笑って、 「あなたならね。」 と言った。
ヨシロー君への想いが私の "独りよがり" かもしれないって事は、
心の底では気付いていた。
でも認めれば、私自身が壊れてしまう。
認めたくない事をハルは口に出しただけなのだ。
ハルにバッサリ斬られてかなり痛かったけど、私は諦めたりしない。
本当の事がわかるまで、止めたりはしない。
「キチガイじみてるけど、あなたって面白いわ。」 ハルが言った。
こうして、先祖代々続いた庶民の私は、金持ちで美人で頭のいいハルと友達に
なった。
青春時代には、 相手とエネルギーを交換したり、利用したりすることで、
自分自身の膨らみすぎた力を放出しようとするものなのかもしれない。
それは時として、相手の気持ちを汲み取れず、自分勝手に暴走してしまう
悲しさがある。
うわべは無邪気に楽しく遊んでいるように見えても、心の底では寂しさを
溜め込んでいる。
だから何かに強烈に引き付けられ、情熱を注ぎ込まずにはおられないのだ。
見かけはクールなハルだって同じだ、と私は思った。

