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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.65 『第24章  夢のお告げ』


温かいこの地方でも、今年はよく雪が降った。

気象庁は朝になって、慌てて昨日の予報を "雪時々晴れ" に訂正した。


ところが、 エイブおじさんの "" はその逆だった。

  「春に嵐が来る。

この予言を、ギルバートがシャーロットタウン日々新聞の "アヴォンリー便り" に
書き送ったのだ。

エイブおじさんのお天気の予言は、当たった試しがないのに、

5月23日の午後7時と、日時まで指定して…。


そして当日 本当に嵐はやって来た。 書いた通りに嵐はやって来た。


家庭内離婚生活をしていた当時、 バカ亭主について、話した内容から
その日の行動に至るまで、細かく書き残すようにしていた。

決して面白いとは言えない内容ばかりだが、中には "昨夜の夢" と言ったような
たわいもないものに、下手なイラストを描き添えたりした日もあった。


"昨夜の夢" に、らくだが現れた。 長くて黒いまつ毛に囲まれた、大きな涙目。

ベドウィンの娘の様に誇り高い私は、 らくだに乗って砂漠を旅する。


私は随分昔から、砂漠の風景に心惹かれていた。

風によって創り出される砂の造形が、横たわる裸婦の様にエロティックである。

なにもないのに、飽きることがない。


目的地は… わからん…。 けど、どっかに向かっているわけよ。

昼間の暑さが去った夜、 私は一人で大地にうずくまり、星と砂だけの空間に
取り残される。

らくだの背中にもたれて星を占ったり、古い歌を唄ったりして眠った。

独りでも寂しくはなかったけれど、語り合う相手がいないことが辛かった。

  長い旅になりそう…


らくだは本来凶暴な動物らしい。 しかし私の乗るらくだは、変わり種。

まつ毛の長い、 涙目のらくだ。

夜になると、 歩きずめで疲れた足をさすってくれと、哀願する。

  「ワシ、寝られんわぁ。 だから、あんたも寝んといてくれ〜」

結構わがままねぇ…



目が覚めてすぐに、らくだの絵を描いた。 ロバみたいになった。

イラストは下手なのだが、これは残しておかなければならん。

巡り逢える日のために…。 何となくそんな気になっていた。


このラクダに見覚えありませんか?

  「この手のラクダは、ここら辺りじゃごろごろいるサ。
  悪いナ…。 他をあたってくれないか。」


らくだはものを言わなかったが、 砂漠の静寂のなかで私は、はっきりと彼の声を
聞き、 確かに語り合ったのだ。

らくだはしばらく、私の心の中に居たけれど、 現実にはどこにいるのか
わからない。

生身の私は、 抱き合ったり手を繋いだりできなければ、満足する事はない。


私の旅は、自立への旅だったように思う。

離婚して一人になったから自立した、とは言えないのだ。

一人で生きて、楽しむ術を覚えなければ。 休みの日には海までドライブした。

映画を観た。 "おひとり様" で、食事もした。


一人で何をしてみても、 苦しいばかりの違和感を感じるばかり。

気の合う人と、共に会話したいと思った。

この快楽とも言える楽しみが与えられるよう、祈った。



夢のらくだが人になって現れますように。

「アンタ、 ラクダの何なのさ?」


最近気付いたんだけど、 それって…  "赤毛のアン太郎" かも??


まつ毛は長いし、 あくびばっかりしていつも涙目だし、 結構わがままな
とこもあるし…。


夢に見たラクダが側に居た、って訳? とんでもないこじつけだと笑われる。

運命的な出逢いと思い込むのは危険でもある。


ところが私は、自分の馬鹿さ加減を信じたの。

日記に書いた通り、 日々語り合い、慰めあう生活をしているからだ。


自分の直感に従って生きるとは、どういう事だろう。

世間の常識や周囲の目、空気を読んで、 考えに考えてもどうして良いのか
判らなくなってしまったら…。

誰かが言っていた。 「考えることを止めるんだ。」

自分が正しいと思える直感に従うしかないだろう。


彼が、 あの夢のラクダです。
posted by 片岡 よしこ at 21:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.64 『第23章  乙女の夢が破れる時 その4』

目抜き通りに並ぶ、店の明かりが灯る。

街路樹に縁取られた道を、人々が通り過ぎる。

待ち合わせてお茶をするのにちょうどいい時間だ。

食事をして映画を観るのもいい。

車のヘッドライトは互いに反射し、暗闇で光る魚達のようにヌメヌメとして
見えた。


バスの窓から見るそんな景色は、 私がこれから戻ろうとする生活とは
かけ離れたものだった。


その頃私は、  "家庭内離婚" の生活を送っていた。

夫の給料は弁護士に差し押さえられ、私一人で家族の生活を支えていた。

  「この街角で、誰かと待ち合わせて…

私だって、私だって… 男とデートしたいやい!



昔、同僚の女性に聞いた話だが、 "付き合う" ってのは、私の考えているような
甘いものではないらしい。


  「あの二人付き合ってるらしいよ…

意味深に声をひそめる彼女。 え〜 どういう付き合いなんだろう。

  「んっもう!

バシッ!

  「 "付き合う" ゆうたら、  "最後までいく" ゆうことじゃないの!

バシッ バシッ! と叩かれた。

しっ… 知らなかった… そんな深い意味があろうとは。


この深い意味を知って "仮免を取ったつもりの私" は、 路上教習に出かけた。

お相手は、時々会社に来る社長の友人。

お昼ご飯を食べに行こうとしきりに誘われていたから。


土曜日の昼、中華レストランで待ち合わせすることになった。

5分程前に私が到着すると、すでに彼は来ていた。


だだっ広い駐車場で、 彼はタクシー運転手が使うような "羽ぼうき" で
クラウンの車体をにこやかに磨いていた。

私に気付くと更ににこやかに、まるで青年のように高々と手をあげた。

ゲッ… どういうつもりなんじゃ こいつ


味はまぁまぁの中華料理を食べ、好物のジャスミン茶もたっぷり頂いたところで、
ドライブに誘われた。

  わたし、ご年配の男性はやっぱり駄目…

お断りしたのだが、 コーヒーだけでもと熱心に誘われて、私も折れた。


道を間違えたふりをしてラブホテルに突っ込むヤツはいるが、この方はほんとに
道に迷い、 田舎のお百姓の家の前でドン詰まってしまった。

  どんな喫茶店なんやろか。 不安…


畑仕事中のおじいちゃんを捕まえて道を尋ねる

おじいちゃんが目当ての喫茶店を知っているとは思えない、 と思っていると
彼は意気揚揚と帰って来た。

どうやら海へ出るつもりが、山へ登っていたと言うのだが、 明らかに山へ
登っている事は、聞かなくてもわかりそうなもの。

さっきからずっと坂道だったじゃん。


海辺に建つ、白亜のホテルの一階にある喫茶店に行きたかったらしい。

それなら私が道を知っていると言うと、彼はほっとしたようにハンドルを握ると
おしゃべりを始めた。


喫茶店でもしゃべりっぱなしの彼は、帰り道でついにクロージングに入った。


  「最近の奥様方は、カラオケやら飲み屋でいい男性を見つけてはお付き合い
  してるんですよ。


ほぅ! でっ

  「ボクは、戦没者の慰霊をする退役軍人の会に入っておりましてね。

はぁ

  「なんというか… 家庭にいる奥さんが、お付き合いするには
  一番安全なんですよ。


でっ

  「ボクと付き合いませんか。


待ってました!  その言葉の意味、知っとる、知っとる。

心の中では手を叩いて大喜びした私だが、最初から付き合う気はないので、
きっぱりとお断りした。


それから何度もお誘いの電話があったが、私が断るのでついには逆ギレ

性悪女が昼飯目当てに、純情な男心をもて遊んだような言われ方で幕切れと
なった。

一人よがりもいいところ。

何が "戦没者の霊を慰める" よ。 とんだ偽善者だわ。

別にどうでもいいけど、あの男のどこが純情なのか未だにわからない。



私はまたひとつ賢くなった。

離婚が成立するまでは、このことを誰にも話さないと心に決めたから。

心の幼い、世渡りのへたなを認めます。

そんな自分を守るには、黙って闘うしかない。

男って… 男って…  バツイチの女性とか、離婚調停中の女性を見ると
下心むきだしなんだから。




かくして心に秘めたデートの夢は、私の破れた乙女心の中にあった。

心に思い描いているようなデートでなきゃ、絶対しない。

心が通じ合う人とお付き合いしなければ、せっかくバカ亭主と別れる意味がない。

柔らかな乙女の心は中年女(!)の革袋に包んで、 私はよろよろと
歩き始めたのである。
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.63 『第22章  乙女の夢が破れる時 その3』

薔薇色の45歳ミス・ラベンダーに、 再びロマンスの花が咲くのは
間違いなさそうな展開になってきた。

些細な行き違いで仲たがいした者同士を再び出会わせ、幸せな結末を
用意するのは、 モンゴメリー得意の筋書きだ。


キューピットは喧嘩別れしたスティーヴン・アービングの息子、 ポール
そしてアン

現実ではあり得ない奇跡が、物語のなかでは起こる。 それもまことしやかに。


ほんとに些細な事、 ちょっとしたやきもちなら可愛いもの。

ミス・ラベンダーは 「ごめんなさい」 と言えばよかったのだ。


彼女はただその一言が言えなかった心のまま、45歳まで持ちこたえた "少女" 。

やり直せる。

「お互いに理解しあえば仲良く暮らしていけるわ。」


?! 理解しあう??



別れた亭主が私をどう理解したかはだが、 何というか…、ヤツの頭が悪すぎた

何に付け "理解不能" なヤツだが、 少なからず、それは理解できた。

何を聞いても私の納得できる回答は得られず、 日々繰り返される口論も、
後半戦に入ると段々アホらしくなってきた。

  「あんたが苦労かけどうしだから、こんな白髪になったんよ!


もう、こうなったら、 なんでもバカ亭主のせいじゃ!

  「あんたのせいで、こんなにシミだらけになったでしょうが。

化粧品代と美容院代、1年分=6万円。 出せ


こんな修羅場でもユーモアを忘れない私であった。

そう、 私がユーモアを忘れない間に心を入れ替えるべきだったのよ。

だから "バカ亭主" 、なのだ。


ワシが悪かった。

バカ亭主は土下座して謝ったけど、私は更に腹が立っただけ。

  「私がまだ笑えるうちに謝るべきだったわね。


大人の別れに、理由は二つしかないだろう。 

だがこれもまた "大人の物語" なので、私の場合はだった… というところで、
ここは止めておこう。


煮ても焼いても喰えないようなヤツと、口論をしている時間が惜しい。

元気のあるうちに別の人とロマンスを考えたがいい。

仲直りは現実ではあり得ない。 まさに "奇跡" なのだ。


でもね、別れて知ったけど、 別の人とのロマンスも結構、奇跡。

離婚後のモチベーションを上げるには大切な夢だけど。



その後まもなく別居して、家庭裁判所にも通い、 おかげで "離婚" については
人の相談にも乗れる。


先日、70歳を過ぎた叔母が 「離婚する」 と言い出した。

後添えに嫁いだ亭主とは、たびたび離婚騒動を起こしていた。

何かにつけて死んだ女房の事を口にしては、叔母をいじめていたが、
歳をとったらお前はもう必要ない、とばかりに追い出しにかかったのだ。


男って、 なぜ歳と共に馬鹿さ加減が増すのかしら。

だから、女は腹黒く生き抜くしかない。

  「おばちゃん、別れたら損よ。 ほっといても、亭主が先に死ぬから。
  それまで元気でおり。


今までの苦労も涙も、報われる時がきっと来る。 それは亭主のお葬式。


それを聞いていた父が一言

  「その話はやめんか…

母に先立たれた父の微妙な男心なのだろうか。


とは言え、なんでもかんでも別れたらいいと言う訳には行かないだろう。

世の中には、別れるために一緒になるようなカップルもいれば、
別れないで忍耐させられるカップルもあるみたいだ。

それぞれに、そこから学んでいくためなのだろうが、 辛いものは辛い。



友人の一人に、別れた亭主再婚した人がいる。

ロマンスはない。 癌で余命宣告を受けた彼を引取ったのだ。

そんな状況に到っても、彼はまるで何事もなかったかのように、
お気楽に過ごしているらしい。

  「あんなに嫌で別れたのに… 私もお人よしよねぇ…

グチることしきり。

亭主を見捨てられなかった彼女も、早く死んじまえと悪態ついてる彼女も、
正直で私は大好きだ。



世の男達へ

こいつと一緒に居る、と気付ける回路がひとかけらでもあるのなら…。

自分のお葬式で少しは惜しまれて、 涙を流して貰えるように、
もう少し考えてみたらどう?
posted by 片岡 よしこ at 12:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.62 『第21章  乙女の夢が破れる時 その2』

仕事帰りに、父の家に立ち寄った。

  「あんた、元気になったなぁ…」

感心されてしまった。 最近では若いとよく言われる。


しかし、 離婚する前後の5年間で、私は窶れ切っていたらしい。

鏡を見ても、自分では分からないものなのだ。

うまく繕っているつもりでいても、写真と他人の目にはよく事実が見えるらしい。

それって、 お〜、嫌だ。



乙女の夢が破れ、夫とは解り合えないままに終了。

修羅場を乗り越えて生まれ変わろうという瀬戸際に、私は数十万円もする
"美顔機" を購入した。

とりあえず "綺麗" であれば、人生なんとかなる。

  「ムフフ… こいつさえあれば、永遠に… 私は美しい、ムフッ…」



ミス・ラベンダーは少女の心を持った、薔薇色に美しい45歳。

でも、髪は真っ白。

「それは、魔法にかけられている証拠よ。」

アン… それは、おとぎ話

誰かが魔法を解いてくれさえすれば、輝くばかりの若さと美しさを
再び取り戻すって?

それは、あり得んわ…


魔法だなんて非現実的な事で、ごまかされていられない。

私も40代から立派な白髪頭だったけど、 魔法を解いたのは美容師の使う
白髪染め。

今や年間6万円余りを使って維持している。

これのどこが魔法でなんかあるものか。

もし、黒い髪に生え変わる薬ができたとしたら、それこそが魔法だ。



時間もお金もかけて、維持したい美しさってなんだろう。

若々しく、美しくあるために努力したあげく、 へとへとのすっからかんに
なってしまう。

どっちみち、皺くちゃになって死ぬんだろうに。


今朝。 目は覚めたのに、体が起きられない。

「いやだ! 起きれんがな。 おまえ、会社休めや。」

私の身体がそう言った。

いい歳になった今でも、時には会社に行きたくないことがある。

頭が痛いとか、お腹が痛いとか、子供みたいだと思うが、 私はいつも
身体の言うことを聞いて休むか、重役出勤する。


実は面目ないのである。

  「若いってことは、非常識ってことかもしれん。」

"赤毛のアン太郎" が優しい口調で付け加えた。

  「他人から見ればな。」



いつまでも年をとらないでいるには、勇気が要る。

そしてもうひとつ、 子供の頃どう感じたかを忘れない事。

ミス・ラベンダーは食事の前に言う。 楽しそうにね。

  「さぁ、なにかおいしくて消化の悪いものをいただきましょう。」


「さぁ、いい歳をして人から笑われるような事を考えましょう。」

私ならこう言うかしら。


この度、アン太郎のキーボードに、友人達のベース、ドラム、ギターを加えて
バンドをすることになった。

で、私が歌うつもりよ。

幼稚園の劇でソロを歌って以来だけど、これぞ笑われるにはもってこいの
選択でしょう。

いつも座って聴いているだけじゃつまらないんですもの。

  「昔からやってみたかったのよ。」

決まって私はそう思う。 笑われるのが恥ずかしいようでは、まだまだ青い。



乙女の夢が破れて、 私は大人になった。

おばさんになりたくないとジタバタし、散財したけれど、何とか変われたようだ。


だが、いざ変わってみると、 なんだか懐かしい、この感じは… 

私は子供の頃に戻っていたんだ。 これって、ふりだしに戻るってこと?


  「まぁ、それも良しか…」

ゲームにも人生にも、 "ふりだしに戻る" ってのはつきものだ。
posted by 片岡 よしこ at 00:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.61 『第20章  快適なマンションライフ 〜埃との戦い編〜』

ある爺様が若い時、料理の下手な嫁に言うたそうな。

  「わしは炊事洗濯させるために "オンナ" をもろうたんじゃ。
  "カンナ" はいらん。」


大工道具の "カンナ" と "" を語呂合わせした、親父ギャグ。

えっ、こんなサムいのに… 婆様、笑ってるよ。

  「 "ダンナ" のためなら炊事洗濯してやるが、
  あんたぁ… 切れの悪い "カンナ" じゃなぁ。」


それぐらい、言い返そうや。


私は "カンナ" なんだろうか。 掃除が嫌い、大嫌い。

ましてや、家事が上手いのが女性の美徳、とも思っていない。



掃除すると決心するとものすごく不機嫌になり、  "赤毛のアン太郎" は、
カサカサとそこいらの私物を片付け始める。

基本、 片付かない物は "捨てる" 私である。

しかし。 一度掃除しても、1週間後にはまた埃が溜まるから腹が立つ。

一度したら二度としなくていい掃除の方法、 どなたか知りませんか?

モンゴルのパオとか、インディアンのテントなんか、 掃除せんでも
エエんじゃろうなぁ…

いいなぁ…
 本気で羨ましいのだ



ドンキホーテでストップウォッチを購入。

首に下げて、各箇所毎の掃除に掛かった時間を計ってみた。


「うそ〜 早っ!」

掃除が嫌いだから、ものすごく早いのだろうか、 トイレは5分

洗面台は鏡も磨いて10分。 掃除機かけなんか、6畳が5分だぜ。


その結果。 機械にも強力洗剤にも頼れない、 "手作業" に一番時間が掛かる、と分かった。

それは蒲団のカバー掛けと、洗濯物干しである

…。 オマエも "全自動洗濯機" なら、干してたたむまで自動でせんかい!



気密性の高いマンションは埃が逃げないから、溜まる。

まち針の頭ほどの面積も見落とすことなく、確実に溜まる。

勝ち目のない埃との戦いが、私は嫌なのだ。



育った家は木造のボロ屋だったが、埃もゴミもばんばん外へ掃き出せた。

残った埃は、風と共に吹き出された。


なんでもヤッツケの祖母でさえ、 年に一度は蒲団綿の入れ替えと
着物の洗い張りをしていた。

頭には手ぬぐいをかぶり、凛々しい割烹着姿の祖母は、 そりゃぁもう、
とても "カンナ" には見えません。

8畳の部屋一杯に新聞紙を敷き詰めて蒲団を拡げ、薄くなった所に綿を継ぎ足し、
硬い綿は取り除いて新しくするのだ。

裂かれた綿の繊維は部屋中に舞い踊った。


珍しい事が始まると、子供って嬉しくなるもの。

私がうろちょろとする度に、綿埃が舞い立った。

  「おとなしゅうできんのじゃったら、押入れに入って見とかれ。」

こうして私は、 またしても押入れに入れられるのであった。



最後に湿った新聞紙か茶殻を部屋に撒いて、ホウキで掃き出して、 おしまい。

部屋に "ゴミ" を撒くのを、私は大喜びで手伝ったものだ。

汚すというのは悪魔的な喜びがあるわね。

こんな私が掃除を好きになるなんてことは、一生かかってもまずない、と思う。



お掃除が楽しくなる道具??

「けっ! 騙されんわい。 そんなウマい話があるわけないがな。」

何が "見せる収納" じゃ! 見られたくないから、片付けるんじゃろうが。

そんな事も分からんのんか…




人の棲む処には生活があり、生活の場には埃が舞う。

油汚れのうえにこびりつき

黒光りするピアノには、白い粉雪のように。


長く着てないスーツの肩に降り積もる。

寝ている間も休みなく降り積もる。

夜中にティッシュを一枚引き出す度に、何万もの綿埃が空中に吐き出される。

寝息に飛ばされ、寝返りにあおられ、 蒲団の巻き起こす風に乗って、
朝には鮮やかな一筋の光の中にうごめいている。

居り場を探して…

光りのある処、埃あり。



なんだか埃に、 「美」を見出してしまいそう…

埃を気にするのはやめよう、というになってきた。


それでも掃除は嫌い。 いや、掃除機が嫌いなのだ

掃除機をかける姿は美しくないし、絵にならない。

暴力的な、ホースに繋がれた醜い姿、埃を吸っているのか吐きだしているのか
釈然としない仏頂面

掃除が美意識から来るものなら、掃除機はナシだ。



立ち居振る舞いは優雅に、お部屋の中でも淑やかに、 女性らしく歩こう

埃を立てないために。


掃除はあくまで、 エレガントに

いにしえの大和撫子がそうであったように、 ほうきにちりとり、
雑巾掛けの所作も美しく、 である。


それこそ、女性の美徳なのではないかしら
posted by 片岡 よしこ at 08:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.60 『第19章  メキッ…』

なんかこう、 尾てい骨のあたりがむず痒い。


  宵の明星は妖精の国の灯台、
  黄昏に目覚めた天使たちは、そっと銀色の羽をたたみ
  空からこぼれおちた星の光のステッキで
  まどろむこども達の瞼に魔法をかける。



気分はポール・アービングで、書いたのが私。

ねっ? むず痒くならない? 



小学校低学年の頃。

先生に無理やり書かされた詩が、新聞に掲載された。

あまりにオチが単純で独創性に欠けていて、こども心にも "もうひとつ" という
愚作だったので、 忘却の彼方に追いやりたいのに、今でもよく覚えている。


  雨がやんで 水たまりができた
  長ぐつでバシャバシャ
  水が飛びちった
  きれいだな
  ダイヤモンドみたい
  ダイヤモンドのおひめさまになりたい


いかがなモンじゃろうね…

ロマンチックも、 やり過ぎは気持ちが悪い。

中学生の時なんか、ロマンチックのナメクジが這い回って、そこら中が
銀色に光輝く詩が書けたものだ。

どうしても、と請われたらご披露せんでもないが、 なにしろナメクジだから
それなりの覚悟が必要だ。



グリーンゲーブルズマンションに、ほとんど手ぶらで越して来た私に比べると、
"赤毛のアン太郎" は結構な大荷物を持ち込んだが、 その中でも
"座敷童子(ざしきわらし)" はダントツであった。

ある日。 話をしている最中に "赤毛のアン太郎" が部屋の片隅に目を向けて、

  「なぁ? みんな!」

声を掛けた瞬間。  "座敷童子" が現れた。

  「ほら、かあさんがおこっとるよ…」

すると、童子達は側に寄って来て、 正座をして目を輝かせるのだ。


昨夜、 "赤毛のアン太郎" に、 童子は何人いるのか聞いてみた。

小学3年くらいの男の子、その弟、 そして小さい女の子の3人。

男の子2人は尋常小学校風の黒い木綿の半ズボンに、上は白のくたびれた
ランニング、もう一人は開襟シャツ姿。 女の子はおかっぱ頭。


  「へ〜ぇ、 私は5人で、全員男の子だと思っていたわ。」


私と "赤毛のアン太郎" の、 実に都合のいい時だけに召還される童子達。

普段は何をしているのだろう、という話になった。


ピアノの下あたりで人生ゲームをしている。

黙々と、ビー玉遊びやめんこをしている。


でも、話し声は、 私達には聞こえない… 無声映画のようにみえるのだ。



岩手県に伝えられる "座敷童子" は、豪家や旧家の奥座敷に居て、
童子が出て行くと家の運勢が傾くと言われ、大切に扱われたそうだ。

姿は家の者にしか見えないとか、子供には見えても大人には見えないと
言われているが、 童子を見た人には幸運が訪れるらしい。

しかしウチの童子達は、それとはちょっと違っているように思う。


我が家の童子達は、呼ばれて出て来るのだ。

それは、アン太郎の "分" が悪い時、 私がイライラしている時。


  「なぁ みんなもそう思うじゃろ?」

  「ほら、みんな体操座りしてうなずいとる」




ホンマですか?


他人が聞いたら、どこか頭でもおかしいんじゃないかと思われるだろう。


離婚した時、女の子を妻にあずけてきたアン太郎の、寂しさ故なのかも
しれない…

でも、 それだけじゃ、ここまでリアルに存在を感じないでしょ。


想像で生み出されたこどもが、そこに居る気配を持ち始める。

おっ… 自分たちのことを書かれているのが判るのだろうか。

みんな集まってきて、興味しんしんの様子で目を輝かせている。


  「ぼくらのこと、書いてるよ」

お兄ちゃんが、まだ字の読めない女の子に説明を始める。

「そうだよ。 あんたらのことじゃ。」

私は、 こども達を消滅させるような言葉は、口が裂けても言えなくなるだろう。



「こどもなんか、どこにもいないでしょうに! 死んじゃったのよ!」

もしこれを口にしたら、確実に、 彼らはたちどころに消え去る。


そして、 何かが壊れていく音がするだろう。

メキッ メキッ…  とな。
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.59 『第18章  愛すべき才能』

あなたって、思いがけない事件を起こす名人なんですもの、アン。

ダイアナ、 私が変わり者だから判るのだろうけど、 「赤毛のアン」 の
登場人物のうち、 平凡で、幸せな暮らしに一番近い人はあんたよ

真面目な事ばかり言う、お馬鹿さん呼ばわりされたとしても、
最後に笑うのはダイアナ、 あんただわ



物語の主人公は必ずしも立派な人、 とは限らない。

世界の偉人に名を連ねるシュバイツァー博士でさえも、ピアノの音色で
看護婦達を毎夜、虜にしていたという噂だ。

真面目な事ばかりでは面白くも何ともない。

性格的に欠けた所があって、生い立ちが複雑で、少々毒もあり、
変人であってこそ、 立派な主人公と言える。


私は元来、 波ひとつない、静かな水面をじっと見つめているのが好きだ。

微かな風や、落ち葉がつくり出す水紋を見逃さないよう、
目を凝らしているだろう。

そうしていたい、 いつもそう願っている。


しかしアンは、 そこへ石を投げ入れて波紋をつくる人。

石がなければ自分から飛び込んで、平和に水底を泳ぐ魚たちを
右往左往させるのだ。

その波に巻き込まれたら、 私も、もう眺めているだけでは収まらない。

一緒になってばんばん石を投げ、どろべちゃになって駆けずり回る。

変人には、向こうから変人が寄って来るのよ。



夫の転勤で引っ越してきた "O夫人" と私は、親友になった。

今でこそ "親友" だが、 出逢いの発端は彼女がマックシェークひとつを
持って、突然押しかけてきた…
 という、奇妙なもの。

ドアの隙間からシェークを受け取って、私はドアを閉めた。

  なんで… ?

シェークを手に、 私は呆然とした。

  一度会っただけじゃし… いきなりシェーク持って来られても…。


その後、入院した彼女のお嬢さんを見舞いに行ったのをきっかけに、
私達は段々親しくなっていった。

彼女、 たいして強くもないのに、すぐ飲みたがるヤツなんだ。

  「飲みに行こうや〜


お酒飲みながら、穏やかに語り合うつもりでいたのに…。

現実というのは何故、いつも私をとんでもない目に遭わせるのだろう。



彼女の方針としては、酒は酔うために飲むのであって、飲んだらすぐさま
酔わねば "" なのである。


と言うわけで、ヤツはたちどころにできあがってしまった


お願い… カクテルバーなんだから地元の民謡は唄わないで…。

しかし、もはや何を言っても無駄。

私は何か言う度に、頭やら背中やらをばんばん叩かれた。

ほんま… むちゃくちゃ力いっぱい叩かれた。


  「タクシーなんかもったいのうて乗れん。 アンタんトコまで歩く!

いえいえ、しらふでも1時間はかかります。

  「酔うたでぇ〜 夜風に吹かれて歩いて帰る!

いえいえ、既に真夜中です。

  「うぉ… 気分わるくなってきた…

やっぱタクシー乗らなくて正解。


  「アスファルトは冷とうて気持ちええなぁ〜

彼女は歩道の真ん中にデンと寝転んだ。

  「アンタも寝んかい! 付き合いの悪いやっちゃな〜

うっ… 確かに気持ちいいぞ、と思ったのもつかの間、彼女は国道に向かって、
ふらふらと走り寄って行く。

夜中なので、走る車はトラックばかりだ。 それに飛び込んで死ぬんだと。

こんな所でケガでもされたら、それこそ "" が悪い。

だって、そこは夫の勤める会社のビルの前。

  「うちの主人の会社の前で死なんでよ…


にやりと振り向く彼女。

  「冗談やがな… あんた、マジメじゃなぁ〜

ヌカしたな!


結局。 もし死んで "司法解剖" に廻されたとき、恥ずかしくないパンツ
履いているかどうかが最大の決め手になった。

彼女は下ろしたてのパンツだから恥ずかしくない、と力説。

  「それ、ヘソまであるデカパンじゃん。」

  「そっ それじゃ… ダメなのかぁ!?

はい、ダメです


ふと見上げると、私達を見下すようにそびえ立つビル。

大企業を気取った鼻持ちならないビルに、 私は無性に腹が立ってきた。

女房を泣かせてナニ仕事じゃ。


アンタにはぁ、お世話になっているのでぇ、ここでゲロ吐いて帰ります…

しおらしくなった彼女は、指をクチに突っ込んでいた。



友達が飲んだくれのアホなら、 私も一緒にアホになりたい。

愛人が泥棒なら、 一緒に精進して泥棒になりたい。


私一人おりこうさんで、罪も犯さないでおいて、 「愛している」 なんて
よう言わんからだ。

もし、なんとしても止めさせなければならない、 と思ったら、
それこそ白装束の、決死の覚悟で止める。

どちらの価値もない、アホらしい相手だったら、 さっさと逃げる。


でも振り返ると…、 そのどちらかの人物ばかりに出会ってしまうみたいだ。

私にはそれをどうすることも出来ない。


どうやら、 その種の才能を持っているかどうかは生まれつきのものなのね。
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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.58 『第17章  赤毛のアン太郎』

日本的に言えば "さんりんぼう" にはまったアンが、あたふたしている間にも
私は "赤毛のアン太郎" のことが気にかかる。

アンは自分でうまく立ち直る知恵を持っているし、現実的なマリラが側に居れば
心配はない。

ほら、向こうからギルバートがアンを誘いにやって来た。

ボートを漕ぎに行くなら、コートを着てゴム長を履くのよ。

彼ならアンの話す事全てを、喜んで熱心に聞いてくれるはずだから。



彼を "赤毛のアン太郎" と呼ぶのは、アン・シャーリーとどこかで重なって
いるからだ。


彼には行く処がなかった。

厳密に言えば、 居り場をなくした "赤毛のアン太郎" を私は、引取ったのだ。

アンは11才、 "赤毛のアン太郎" は40才近いおっさんだったが。

そして、離婚して間もない年増女の私は、人には甘えられない独り者、
つまり、マリラだったのだ。


私たち二人がどうして、何処で知り合い、一緒に暮らすようになったのか…

それはとても長い、 大人の物語だ。



"赤毛のアン太郎" は、うつ病だ。 既に20年近く薬を常用している。

今でこそ、多少は市民権を得始めた "心の病" も、 当時は一律、 "精神病"。

もっとストレートに言えば…  "きちがい" 扱いされかねない時代だった。

病気になる理由に至っては更に残酷で、なまけ者だからとか、
性格が弱いからだとか、その程度の理解しかなかったのである。


昨夜私は、 病気になった経緯を "赤毛のアン太郎" に聞いた。

そのことは何度も聞いていたはずだったが、 理解できていなかったことを
彼に詫びなければならない。

多くの無理解な人々ほどではないにしろ、彼自身に性格的問題があって
病気になったのだと、 少なからず思っていたからだ。


「同じ仕事をしてる他のもんは、普通にやれてるじゃないか。」


地方の某大手銀行のシステムオペレーターとして働いていた彼は、
とにかく一所懸命に仕事をすると心に決めていたそうだ。

早朝、彼は秒単位の正確さでシステムをスタートさせる。

仕事の評価は 「何事もなくて当たり前」 。

むしろ、 あってはならないシステム事故を起こさぬよう神経を使い、
夜勤もこなしていたそうだ。

入社から2年経つ頃には、上司からも 「よくやる」 と評価されるように
なっていた。


だがその頃から、 少しずつ、ゆっくりと体調が悪くなっていく。

もともと朝は起きられなかったが、ますます起きられなくなり、
胃がきりきり痛んだ。

夜も眠れない。 大量の酒を飲んで無理に眠り、酒臭い息をしながら出勤した。

集中力もヤル気もなくなっていった。


  「何か考え方を変えるとか、仕事のやり方を工夫するとか
  してみなかったの?」


  「いや、何も考えてなかった。 というか、その時のことは覚えてない。」


適温を保たれた部屋に立ち並ぶコンピューター達は、光を必要としていない。

窓のない、昼間も暗い部屋で、手元を懐中電灯で照らす事もある。

光を見るための出入口は、ひとつだけだったそうだ。

これって… 奴隷の漕ぐオールで走る船の船底じゃん。 ロクなもんじゃない。


  「仕事に、いえ会社に使い潰されたんだわ。」

  「そうヨ。 ワシらオペレーターは "どかた" じゃ、って
  お互いに言うとった」


正社員と比べて著しく見劣りする給料。

望みのない昇格。 納得出来ない不満。


なのに、どうして頑張ったのだろう。

「 … … 認められたかった…」



私はマシューの言葉を思い出していた。

1ダースの男の子がいるより、アンがいる方がいいっていう、 あの言葉。

初めてアンは、 存在価値を認められたのだ。

アンも私も、 読んだ人は誰でも嬉しくなったはずよね。

まるで自分が言われた様に…。


しかし現実には私も、 "赤毛のアン太郎" も、満たされない思いを抱えて
生き抜かなければならない。

世間は他人にいい事など言ってはくれないのだ。



1ダースのおっさんにチヤホヤされるより、 "赤毛のアン太郎" 一人が
居ていてくれたらそれで幸せだけど、 男である "赤毛のアン太郎" が
それだけで満足できるとは思ってはいない。

男の人は社会で認められてこそ、自分の存在価値を見出せるのではないかと
私は思っているからだ。


?  存在価値??

価値を認められるためには何か特技や技能が必要なのだろうか。

なくてはならない存在なんて、そもそもあるのだろうか。


代わりなら幾らでもいる事務員の私には、存在価値など無きに等しい。

ただ、そこにいることを許されているというだけの事。


「ここにいることを許されているだけ」。
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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.57 『第16章  乙女の夢が破れる時』


アンの夢や理想は破れることがないのだろうか。

くたびれて、どうでも良くなったりするでしょうが。

ああも毎日楽しい日々が続いていると、なんかムカつく…



カスバート家に、アメリカから有名な作家が来ることになった。

アンの友達のプリシラが、叔母にあたるミセス・モーガンを連れて来て
くれるのだ。

アンは大切なお客様をもてなすために、飼っている鶏をシメることを決意する。


お客様を招いてお食事のもてなしをするなんて… 私はまっぴらごめんだわ。

家庭料理ならともかく、お客様にお出しできるような料理は作れない。

家の片付けやら掃除やらをして、花を生け、雰囲気のある絵を掛けてみたり…、
考えるだけでどっと疲れる。

友達を呼んでホームパーティー…、 皆さんほんとにしているのかと疑問だ。

お庭でバーベキューとか、 少なくとも私は招かれたことない。



パーティー… お客様をお招きする… なんとも麗しいその響き。

心をこめた手料理。 趣味良く飾りつけた客間

そして、取り仕切る美しい女主人(私)。



そんな夢を描いたこともあったが、 お金に換算すればたちまち "身の程を知る"
ことになる。

「婦人画報」 とか 「ミセス」 などに特集されている様な、
"大切なお客様をもてなすお料理" 、 "春を演出するテーブル" …

それらに必要なお金を計算すると、私の年収を遥かに超えるわ。

多少ランクを落したとしても、パーティーはタダでは出来ない。

そもそも我が家は先祖代々の貧乏人で、 よく考えると子供の頃から家に
お客が来たことなどない。

せいぜい玄関の上がり口に、座布団出して座ってもらうくらいだ。


居間に上がって頂いて、お茶を出し、 さて何を話せばいいのやら。

お招きしてゆっくり話をしたい人が居てこそのパーティーよね。

気を遣って、お金も使って、 私には何の見返りもない夫の上司や同僚なんか
御免こうむりたい。

最初の一回で夢破られたって感じよ。



初めて家にお客様をお招きしたのは、別れた夫と結婚して間もない頃だった。

お客様は夫の同僚と上司。

私は朝からろくに食事もせず、準備に取り掛かった。


大勢なので、メインは鍋にした。 鍋に入れる白菜は上品に下ごしらえをした。

白菜を一枚ずつ茹で、茹でたほうれん草を芯にして、巻き簀で巻き、
海苔巻き状にした。

これを適当な大きさに切る。 お酒のつまみも何種類か作った。

料理を盛るお皿は大小揃いの物を、押入れにしまい込んだ箱から出した。


最後に私の着替え。 なんと、着物を着た。 というか、着ようとしたのだが…


お客が到着したのに、帯を半分回したところで結べていない。

予定では着物姿でシャキっとお迎えするところが、 なんとも無様に
帯を引きずって恥ずかしい思いをしたが、 それでもとにかくアンや
ダイアナに負けないくらい、 きちんとして(?)、かわいらしく(!)、
若奥様らしい風体にはなったのだ。

何にも出来ない奥さんだとは、誰にも言わせません。


全く面白くもない、印象にも残らない会話が続き、 上品な白菜も底をついて、
あとは野となれ山となれよとばかり、 白菜を放り込んだ。

着物って、奥様らしいじゃないですか。 が、やってることは温泉宿の仲居さん。

もう、 ぐったり。 家計は大赤字


  「ありがとう。」


この一言でさっさと寝てしまった

茶碗を洗って片付けが終われば、深夜3時

いい奥さんと言われたい、 そんな虚栄心など何処かに行ってしまった。

手伝えよ! その前に金出せ!

なんも考えずに眠る夫… 首シメちゃろか。

  あんたぁ、 鶏やったらシメられとるで…
  えらい安気に寝とるけどなぁ… クビには用心せえよ…



こうして私は身の程を知り、 世の中何をしてやっても、どんなに言葉を重ねても
判らんヤツがいるんだ
と知った。



何かが壊れるってのは、新しい物に変わるということだと思う。

今は無理してない。 というか正直に、お客様は面倒だから呼ばない。

友達が来てくれたら、「うへ〜 タイミング悪!」と腹では思うが、
四隅に埃の溜まった部屋へご案内。

当の彼女からかなり前に頂いたお饅頭を解凍

  「おもたせを頂きます。」

などと意味不明の言葉を発しながら、不揃いの茶碗でお茶を出している。


すると、お客が言う。

  「なんかスッキリしないと思わん?」

  「そうだ! ○○さんの悪口思いっきり言おうや〜」


あんまり歓迎できないお客は、用事があるとかなんとか言って早く帰しちゃうし。



古き日々の作り手たちは
細かい部分、目に見えぬ隅々まで、
心をこめて仕上げた。

神の目の届かぬ所などないからだ。



アンが生活のモットーにしている、アメリカの詩人ヘンリー・ロングフェロー(1807〜1882)の詩の一節だ。


神が全て知っておられるのなら、隠すこともない。

掃除してないのも、悪口言ってるのも、腹黒いのも、 皆ご存知なんだから。
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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.56 『第15章  アンに教わったこと』


無から有は生まれない… 原因があり、結果がある。

とすると、 自分の考えと思っていたことも、本当は何処からかの借り物の
様に思えて、 ひとつずつ調べてみたくなる。



たとえば、 友達と友情について考えてみた。


高校生の頃だったと思う。

友達をつくるために学校に行け、さもなくばお酒を飲め、 と父に教わった。

友達を持つことがなによりいい、と話してくれた。

本音で付き合えと言いたかったらしいのだが、下戸の父は飲み友達がいないのが
残念だったらしい。

  「酒の飲めるヤツはいい。 友達が沢山いる。」

そう言っては、コップ一杯のビールで真っ赤になって寝ていた。


大学生になって、かなりお酒は飲んだけど、 私は友達がいるから飲むんだよ、
お父さん。


本音で付き合うから友達になれるわけだ。


お酒が入ると、普段は心に納めている "一言" が、間髪置かずに出てしまう。

それを私は、 "飲んだくれの赤毛のアン" 状態と呼びたい。

感じたままに、思うままに言葉を発して、 どう思われてもいいや、と思う。


それが最近では、飲んでいなくても意識して思ったことを誠実に、
口に出せるようになってきた。

そうでないと、この歳になっていい友達はつくれないからだ。


私は変わり者にもかかわらず、友達に恵まれていると思う。

しかも皆、似た者同士の変わり者揃いである。

これはもう間違いなく、友達との付き合い方、出会い方をアンから
教わったからだ
と思っている。

真の友達は人生を美しくするものだと、アンが話しているのを私はしっかりと、
心に留めていたのだ。



だが、 暇な時間を潰すための仲良しさんとはすぐにくっつけるだろうが、
本物の合呼ぶ魂に出逢いたかったら、慎重にしなければならない。


一番大切にしていることは、この人ともっと話してみたいという "ひらめき" だ。

そして、偶然の出会いが訪れるのを待つ。



がつがつ押しかけて行きたいところを我慢して、 一言二言と積み重ねていく。



雪の降った寒い夕方。 仕事帰りに立ち寄るマーケットで、マンションの同じ
フロアに住む女性と、レジで偶然ばったりと出会った。

時々言葉を交わすこのご婦人は、歳は私と変わらない様に見えるが、ひどく窶れて
疲れ切った風情の方で、 友達になりたいという気にはならない方なのだ。

彼女はマーケットの近くの会社に勤めていて、バスで通勤していると聞いていた。

以前にも何度か、とぼとぼと歩く姿を車の中から見掛けたことがあった。


これも何かの巡り合わせかな…


「私の車で一緒に帰りませんか?」 誘ってみた。

雪は雨に変わり、 灰色の重たい雲の向こうに、太陽は疲れ切って沈んでいく。

その雲を目指して私達は家路を急いだ。


  「ねぇ… マンションの管理人さん、 私、怖いわぁ。 なんであんなに
  カツカツした物の言い方なんでしょうね。


彼女は力なく笑った。

  「きっと、頭がいいのよ… はきはきして、賢そうじゃないですか…


アンが言ってたわ。 人の良い所を見るようにしなくちゃいけないって。

この女性、案外話せる人かもしれない… そう思った。

もし友達になる定めの人なら、また偶然出会うはずだ。



この日は同じマーケットでもう一人、別の女性に出会った。

水回りのコーディネートをする工務店の若奥さんで、私の勤め先の事務所に
二度ばかり来たことのある方だ。

聞けばご自宅の近くには大きなマーケットが二つもあるのに、なんでここに
来たんだろう…


商売をするにはちょっと危なっかしい若さなのだが、感じのいい人だ。

さて… これがどんな出会いになっていくかな。



そういえばこのマーケット、 私にとって幸運な出会いを運んで来てくれる。

教会でオルガンを弾くきっかけになった方とも、ここで出会った。


でっ、 思い出した。

このマーケットが出来るとき…、 私、地鎮祭に出席したわ!

大昔に生協の役員をしていたことがあり、 店造りに少し関わっていたので、
お招きにあずかったのだ。


う〜ん、 やっぱり "偶然" って大切な要素よね、 アン。

こればかりは自分で段取りできない。


でも、偶然の出会いが訪れ、 友達と呼べる人になれたら…。 


私、 気付かないうちに何か良いことでもしたかしら…

なんて、やっぱり思わずにはいられない。


無から有は生まれないでしょ、 アン。
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 赤毛のアン 〜毎日読むアン〜                           

No.55 『第14章  ツインズ〜 二つの性質』


性格の全く違う対照的な双子、 デイビードーラ

服を着ていない王様を指さして、 「裸じゃないかぁ!」 と言って笑ったのは、
きっとデイビーみたいないたずらっ子だ。


お行儀の良いドーラなら、どうするかしら…。

王様が服を着ていないのは見えているのだが、周囲の空気を読み、
ただ黙っているだろうか。

それとも、立派な服を着た王様だと言う大人達に従って、王様が裸だと
いうことには眼をつぶるだろうか。


いたずら者なのに、 アンとマリラはデイビーの方が可愛いって話している…。

そんなぁ…、 大人って、絶対どっちかをひいきするんだから。


「人間って、自分を必要としている人を好きになるのじゃないかしら。」

もっともな理由だが、 デイビーもドーラも、いわばひとりの人間の

そんなどちらかをひいきするなんて、おかしい。

ドーラもアンとマリラの気を引くようないたずらをすればいいわ。



私は生まれた時から、 実に大勢の大人の中で育った。

両親、祖父母、叔父が三人、叔母が四人、それに隣接する工場で働く人達が
我が家に出入りしていた。

皆忙しい上に、子育てについては無責任だったらしく、 私は躾などされた
記憶がない。

躾けられなくても、何となく善悪は分かっているから不思議だ。



デイビーは戸棚に隠れて、マリラご自慢の "お客様ジャム" を盗み喰い、
アンにこってりと叱られた。

私は押入れに隠れて食べたものだ。


食べ物を巡る争いは、我が家では日常的に繰り返されていた。

誰か一人でも喰いっぱぐれると、 大喧嘩。

いい年寄りになった今でも、 皆が集まると食べ損ねた時のことを根に持って、
グズグズ言うことしきりなのだから。


祖母は、高級な果物やお菓子は誰もいない時を見計らって、どこからともなく
出してくる。


  「これは、ないしょでェ…」

と、桃のお皿を渡されて、 押入れの中で食べるように言われたものだ。

これって、なんか悪いこと教えられとるよなぁ…。


やがて、祖母が食べ物を隠している場所を突き止めた私は、 案の定、それを
こっそり押入れに持ち込んではムシャムシャやっていた。

別に悪いことだとは知らなかったから。


アンがマリラの紫水晶のブローチに触った事件。 私にも経験がある。


叔母達が出掛けた後は、私の天下だ。 衣装箪笥と引き出しの中は宝の山

ふわふわのペチコートやら、模造ダイヤのブローチやらをしこたま身に付け、
レコードの音楽に合わせて踊り狂っていたが、 今思えば、人の物に触っては
いけなかったのだ。

知らなかった…


見つかって叱られるようなヘマはやらなかったが、もし叔母達が帰って来たら、
大あわての私を尻目に、さぞ大笑いされただろう。



食べ物に関しても、私は注意深かった。

"食べ合わせ" という事について、祖母から言い聞かされていたからだ。

  「食べ合わせが悪かったら死ぬかもしれん…」

台所に貼ってあった、 薬売りから貰った "食べ合わせ表" をよく確認し、
仏壇にお供えしてあるお菓子を頂く。

お供え物を頂く時は、 "おりん" を鳴らさないとバチが当たると、祖母から
教えられていた。

地獄に堕ちるのだそうだ。

それがどういう事なのかは、あまりにリアルに描かれた仏教の絵本が
教えてくれた。

私はそれを見て、身の毛がよだった。



ある日、小さな "うにの瓶詰め" を巡って、 叔父叔母の争奪戦争が勃発した。

お酒のあてに祖父が食べ、 瓶には三分の一が残っていた。


  「みんなで食べなさい。」


この一言を待っていた七人は、空腹のライオンの群れに投げ込まれた獲物めがけて
ワッと飛びついた。

誰が一番に箸をつけるのか、どのようにして平等に分けるのか、
それは可能なのか…、
 めんどうだ、一口に食べちゃえ!

叔父がほんとに一口で食べちゃった… 怒る叔母、半泣きの者もいる。

それを見ていた私は "地獄絵本" を思い出した。

「これが地獄だぁ…」 心の中でそう思っていた。



大人が口やかましく言わなくても、子供は善悪を知るようになるものだ。

自分を見ていると思う。 どうしてなのだろう。


綺麗なブローチに触ってみるけど、こっそり元の所に戻しておくのはなぜだろう。

食べ物を取り合う姿が、なぜ地獄絵図に見えるのだろう。


きっと… 感じたままに生きているからではないだろうか。

沢山の人に接し、多くの事を見聞きし、悪事を重ね…。 それが経験になる。


本音を言えば、 私は今でも落ち着きなく、あちこちうろついては遠慮なく
覗き込み、面白そうな人や物を発見したら不躾な質問をして回りたくて
仕方がない。

気取った人には、いたずらを仕掛けて笑わせたくなる。

時にはそんな自分を解放してあげないと、ストレスで参ってしまう。



感じたままに思う私、社会に適応する私、 どちらも私。


あなたの心の中にも、 デイビーとドーラが混在していませんか?
posted by 片岡 よしこ at 06:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | バックナンバー
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